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内藤剛志が富山・魚津市を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。この地には「越中魚津のありそ海には太古の昔に沈んだ杉林があり、そこでは何の前触れもなく突然海が荒れ、錨とともに船がのみ込まれてしまう。それは、山の龍神様に恋したありそ海にすむ龍神様のため息が原因。いつしかその地を錨の溝と呼ぶようになった」という民話「錨の溝」が伝わる。魚津埋没林博物館には、海中から掘り出した埋没林の一部を展示している。最初に発見されたのは昭和初期。港を建設する際に砂浜から出てきたという。気候変動による海面上昇や地殻変動で陸地が沈下したことが埋没理由とされ、杉林が埋没したのは約2000年前のことだと考えられている。
内藤剛志が富山・魚津市を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。民話「錨の溝」では螺鈿の夫婦椀が登場する。内藤は鷹休漆器店を訪ねた。昭和初期、この地は漆器関連の職人が大勢いたという。
内藤剛志が富山・魚津市を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。民話「錨の溝」ではお礼の品として3つの米粒が登場する。大正7年(1918)年、魚津米騒動が勃発。米倉を見学すると、当時の人が米を大切にしていた様子が垣間見えた。
市川紗椰が東京下町を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。この地には「かつて氾濫や洪水が頻繁に起こっていた隅田川に最初に架けられた千住大橋。土木工事の名人・伊奈忠次が任された。工事が始まり、大工が橋杭を川底に打ち込んでいくと、1か所だけどうしても杭が入らない場所が。隅田川の水底には大きな大亀がいるという噂があった。1年後、ようやく千住大橋が完成。杭を打つ場所を変えたせいで橋脚と橋脚の間隔が不揃いになった」という民話「千住大橋と大亀」が伝わる。
市川紗椰が東京下町を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。千住大橋は橋を支えるための細かいリベットが大量に使われていた。千住大橋には千住小橋という歩道が設置されている。都の調査では水底に江戸時代のものと推定される3つの木杭が発見された。
上原美穂が高知・中土佐町を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。日本財団・海野光行さんが同行。この地には民話「海に沈んだ鬼」が伝わる。「豊かな漁場のある久礼の奥山に穏やかに鬼の親子が暮らしていた。このところ海が荒れる年が続き、漁に出ても思うようにカツオがとれず、船が沈むこともあった。ある嵐の日、鬼は人の声を聴く。漁師たちは古くから伝わる呪いでホーホーと大声で叫んでいた」。
上原美穂らが高知・中土佐町を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。民話「海に沈んだ鬼」の続き。「荒れる海に困っている人々を救うため、鬼の親子が岩山で大波を止めようとした。しかし、踏ん張りが利かず、鬼の親子は海に沈んでいってしまった。翌朝、鬼の親子の姿はなく、静かな入江の先には大きな岩山がそびえ立っていた」。民話で鬼が担いでいたとされるのが双名島。現在、この地のシンボルとなっている。
上原美穂らが高知・中土佐町を訪れ、この地に伝わる海ノ民話をたどった。民話で鬼が担いでいたとされるのが双名島。双名島には穴があいている。この穴は鬼が金棒をさした跡だとされている。
