- 出演者
- 田中裕二(爆笑問題) 太田光(爆笑問題) 阿川佐和子 星野真里 高橋英樹 菊川怜 河合敦 ビビる大木 松島龍戒 磯田道史 村山輝星 浮所飛貴(ACEes)
豊国神社の宝物館には秀吉の歯など秀吉にまつわるお宝が展示されている。歯の表面が平らなことから硬いものを食べていたことが推測できる。また歯が大きく見える理由は歯石がついているため。出世した秀吉の食事は白米にランクアップし、さらに秀吉は甘いものが好物だったとされる。
残された奥歯から見る豊臣秀吉の死因は歯周病。歯周病は歯ぐきの炎症から血管に毒素が入り脳梗塞や心筋梗塞など病気のリスクが高まる。歯周病が重度に進行し糖尿病になっていた可能性もある。秀吉が歯を贈ったのは家臣・加藤嘉明。肉体の一部を渡す行為は究極の信頼の証で秀吉流の人身掌握術だった。
光秀を倒した後の主導権争いの中で秀吉は信長の葬儀を開いて後継者をアピールした。本能寺の変で信長の遺体は見つからなかったが、遺体の代わりに木像を火葬して葬儀を行った。
問題「秀吉が火葬した木像に施した仕掛けとは?」、正解は「香り」。信長像は香木で作られていた。香木は樹脂が長期熟成されより良い香りを放つようになった木で良い香木は権力の象徴だった。信長像はなかでも貴重な沈香で作られたといわれている。伝承によると火葬によって香木の香りが京都中に広がったといわれ、民衆に香りの御利益を与えた。秀吉が信長の後継者になれた理由は、葬儀を木像で演出し匂いで信長の死を伝えたから。
戦国時代、主君から名前の一字をもらって改名することは名誉なことで主君から与えられた字を上にして主従関係を示すことが武家社会の常識だった。秀長の弟・秀長の「長」は信長の字をもらった可能性がある。元々は長秀と名乗っていたが、本能寺の変で信長が亡くなると秀長に改名。秀吉は弟の名前を使い織田家より上に立ったことを宣伝した。改名の翌年、秀吉は関白に就任。九州・関東を平定し天下統一を成し遂げた。秀吉が農民から天下人になれた理由は、弟の名前をひっくり返して織田家を上回ったと知らしめたから。
備中高松城水攻めは毛利軍との戦で難攻不落といわれた城を水に溶沈めるという奇策。水攻めの土木工事費は推定600億円以上。備中高松城は沼地の地形を活かした難攻不落の城だった。秀吉は城の周りに約8mの高さに積んだ土のうで堤防を築き水を引き込んで城ごと水に沈めた。土のうの堤防を約3kmにわたって築きたったの12日で完成させた。土のう1表に対し100文&お米一升を渡したといわれている。当時、これに参加したのは数万人と推測されていて戦国時代最大級のプロジェクトだった。当時の秀吉の年収は推定数十億。お金の出どころは竹田城での戦いが関わっている。竹田城を落とすことで日本屈指の産出量で明治時代まで財政を支えた生野銀山を手中に収めた。さらに弟・秀長は商人にお金を貸して利息で軍資金を稼いだ。秀長の経済センスがあったからこそ水攻めを成功させた。
