- 出演者
- 森圭介 和久田麻由子 石原良純
オープニング映像。
森圭介、和久田麻由子、石原良純が挨拶した。石原は大雨災害について「過去に経験したことがないようなことが起こっている、気象災害をよく耳にするようになった」などと話した。
千葉県を襲った記録的豪雨、動けなくなり道路に残された車は1000台以上に上るとされる。記録的豪雨から2日いまも民家や車は水没した状態が続いている。千葉市では道路に車両が止まったままで残された車両との追突事故も起こっている。おととい千葉県を襲った記録的豪雨。線状降水帯が相次いで発生した。千葉市の降水量はおととい348.0ミリ(平年値8月115.7ミリ)を観測。これまでに死者は9人。うち3人が冠水で車中に閉じ込められ死亡している。冠水道路を車で走行していた女性を追跡取材し危険性が見えてきた。
YouTubeライブカメラ24は千葉市での冠水の一部始終を捉えていた。午後6時40分までの1時間に約110ミリの雨が降り1回目の記録的短時間大雨速報が発表。午後7時50分ごろまでの1時間で2回目の記録的短時間大雨速報。午後9時40分ごろまでの1時間で3回目の記録的短時間大雨速報。午後11時ごろまでの1時間で4回目の記録的短時間大雨速報。当時多くの人が冠水した道路を運転していた。至る所で動けなくなる車が続出。豪雨の影響で道に残された車は1000台以上。76歳の女性は車内に一時閉じ込められた。女性のドライブレコーダーの映像には車体が水に浸かりゆっくり旋回している様子が映っている。女性は千葉市幕張の大型商業施設に買い物、食事に出かけていた。商業施設を出た約30分後に1度目の記録的短時間大雨速報が出た。女性は窓をこじ開けなんとか脱出し泳いで近くのアパートに逃げ込んだ。自動車販売会社の山本拓さんは仕事から戻る途中で命の危険にさらされたという。現場は茂原市の平坦にみえる道。夜で冠水に気づけずそのまま進んでしまったという。
石原良純は「アンダーパスが冠水し車が突っ込むという事例はあった。町単位というか逃げる場所がないような今回の場合規模が広かった時間も長かった。線状降水帯が出たら事前に車は動かないと徹底しないかぎりまた繰り返されてしまう」などと話した。76歳の女性によると「一気にダボンという感じで水没してしまったドアは重くてビクともしなかった」という。東京通信大学・松尾特任教授は外出中に豪雨にあった場合は「車に乗らない勇気前に進まない勇気が必要」と指摘。その上でマフラーから水が入ると故障する、道路が冠水20~30cm以上は進まない。車が動く間はバックして浅い所へ移動する、車が進まなくなったら車外へ出る。竹内真は「まずは車に乗らないということが大事、車自体が水に弱いと認識してまぁ大丈夫などと油断せず事例から教訓を得て注意しないといけないと学び次に生かしていかないと」と話した。
熊本地震から18日。被災地を笑顔にしているのが夏の甲子園2回戦を突破した熊本代表有明高校。野球部を応援で支える部員4人の吹奏楽部を取材。12日に熊本県荒尾市の有明高校を訪問すると甲子園へ出発する準備が進められていた。今月7日初出場となった甲子園1回戦。9回2アウトからの大逆転で勝利。宇城市の避難所で女性は「いい試合を見せてもらって元気が出た」と話した。2回戦に向けて準備を進める吹奏楽の部員たち。現役部員は4人のため地元の市民楽団、卒業生など40人以上の有志が集まった。吹奏楽部部長の松丸優來奈さんは「被災地にいらっしゃる方々が少しでも元気をもらえるような演奏ができるよう全力で頑張りたい」と話し16時間かけてバスで甲子園に向かった。おととい阪神甲子園球場に到着。長崎日大との2回戦は3-2で有明が勝利し2勝目をあげた。松丸さんは「私たちの演奏も届けることができてよかった」、野球部・實田聡志主将も「(スタンドからの応援は力になったか?)自分たちが持っている以上の力が出せたと思います。自分たちの戦いで勇気をもらう方々がたくさんいると思うので一戦でも多く勝って熊本に帰れるようにしたい」と話した。3回戦はあす行われる。
きょう8月15日は終戦の日。旧日本軍が中国に密かに捨てた化学兵器。その数は30万発以上。化学兵器を探して処理する日本の国家プロジェクトの実態に迫った。北京から飛行機で約2時間。黒龍江省・ジャムス市に入った。ロシアと国境に接し北京、上海などと比べると日本から訪れる人は少ないが聞こえてきたのは日本語。日本人とみられる作業服を着た一行。乗っていたバスにはACWと書かれていた。ACWとは「遺棄化学兵器」という意味。約80年前中国に駐留していた旧日本軍は化学兵器を密かに遺棄。その数は中国各地に30万発以上ともいわれている。遺棄化学兵器を捜索し処理する日本の国家プロジェクトの実態。福岡・北九州市の旧日本軍の化学兵器工場はいま自衛隊の敷地内。明治学院大学国際平和研究所・松野誠也研究員と中を訪れた。アメリカ・メリーランド州の米国国立公文書館に残されていた化学兵器工場の図面を紹介。工場では流れ作業で大量の化学兵器を製造し旧日本軍は中国で実戦使用していた。使用は国際法違反。日本政府が中国での捜索を開始したのは2000年。1997年に発効された化学兵器禁止条約は化学兵器の開発・使用などを禁止し他国に遺棄した化学兵器を廃棄することを義務付けている。国際的な義務を負うことになった日本政府は元自衛隊員など500人規模で毎年現地に入っている。予算は年間500億円以上で黒龍江省の川だけでも400発近くを回収。捜索は吉林省でも行われている。取材していると海外メディアを監視する中国当局。遺棄された現場にたどり着くと中国の警察官が止めてきた。中国当局の関係者は市民に知られ不安が広がることで批判が政権に向かうことを恐れていると明かしこれ以上の取材はかなわなかった。日本政府は遺棄化学兵器を探して処理する活動を中国各地15の街で行っている。旧日本軍の化学兵器でいまも新たな被害者を生み続けている。
旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器を処理する国家プロジェクト。その影で化学兵器が新たな被害者を生み続けている。それは毒ガスによる事故。ことし5月に吉林省で日本人作業員2人が負傷。処理事業の関係者は「発掘回収中に急に剤が漏れて噴射した9メートルほど飛んだ(砲弾の)中の内部圧力が何らかの原因で高まっていた、最初から不良弾だった可能性がある」と話した。おととし11月に武漢でも事故が起こっていた。けがをした作業員の写真を入手。びらん剤に触れた人差し指は変色し水疱ができていた。武漢の事故について日本政府に聞くと「把握していない」との答え。化学兵器工場で働いていた現在96歳の女性が取材に応じた。女性は中学生のときに学徒動員で広島県の化学兵器工場で毒ガス入りのドラム缶を運ぶ仕事を命じられたという。その後広島で被爆した。
中国・北京から中継。遺棄化学兵器の処理事業はあまり知られていない。隠しているわけではないが日本政府関係者は「正直この事業は注目されたくないし静かにやりたい、中国でこれだけの予算を使った事業を続けていると広く知られると国民からの批判を招きかねない」と話したという。日本政府も負の遺産の重みに苦しんでいるのが現実。石原良純は「兵器が進歩して結局増えている」などと話した。
24時間テレビ熊本地震緊急募金について伝えた。
有明アリーナでバスケットボール男子国際試合日本vs韓国。2年ぶりに代表復帰した河村勇輝、八村塁が出場。日本88-68韓国。八村塁は両チーム最多の22得点と大活躍。来週、八村塁日本代表復帰への思いについて語っていく。
来週も急な雷雨暑さに注意が必要。東京・渋谷からの映像を背景に全国の気象情報を伝えた。
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