- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香 中尾ミエ ドン小西
オープニング映像とともに「200万円の借金のカタとして受け取った花鳥画の大作」などの今日の放送内容が流れた。
今日のゲストはファッションデザイナー・ドン小西。30歳の時に自身のブランド「フィッチェ・ウォーモ」を設立し、斬新なデザインと色使いでトップデザイナーに。現在は年の半分を軽井沢の別荘で暮らしている。8年前に築33年の中古物件を購入し1年かけリフォーム。今年完成したのがドン小西ミュージアムで、これまで手掛けた衣装が展示されている。
ゲスト・ドン小西の依頼品は「ベルナール・ビュフェの油絵」。40年ほど前に独立してブランドを設立したが貧乏時代が続き、ある時一気にお金が入った際に何かを残すために700万円で購入した。本人評価額は1000万円で、鑑定額は3000万円。1955年に描かれた「アザミの花束」という作品だという。
続いての依頼人は細川哲司。約10年前にYouTubeチャンネルを開設。当初は親戚に子どもの成長を見てもらうためホームビデオを投稿していた。しかし愛猫「すずまろ」に関する動画を投稿したところ、アメリカのテレビ番組から放送していいかとメールが来て許可。世界のおもしろ猫動画として放送され再生回数が急上昇。チャンネル登録数は20万人を超えている。お宝は父がからもらったギターで、父が経営するバーに飾られていたもの。
依頼人のお宝は1959年製のギブソンのギター「ES-345」。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で主人公が弾いていたギターと同じモデルだという。後ろには「553648」というシリアルナンバーが描かれている。ギブソンは1894年にミシガン州のカラマズーで創業。当初はマンドリンとバンジョーが主力商品だったが、1952年にギタリストであるレス・ポールと共同開発したエレキギター「Les Paul」を発表。大ヒットし現在もエレキギターの定番モデルとなっている。前からあったアコースティックギターはボデイが空洞があるが、レスポールは大音量にした際の共振を防ぐためにボディに空洞がないソリッド構造。ギブソンはソリットボディにアコースティックなサウンドを加えるというコンセプトのもとに1958年に生まれたのがES-335だった。ボディの中央にセンターブロックと呼ばれる木材をはめ込み、両サイドを空洞にする構造でセミアコースティックと呼ばれた。このギターを愛したのがB.B.キングだった。ES-345は翌年に発売された上位モデルで、新たにヴァリトーンスイッチという機能が搭載。6種類の音色を選択でき、数字を上げるほど軽やかな音になる。しかしつかいこなすのが難しい上、1960年代からペダル型のエフェクターが普及したため通好みのモデルとしてあまりヒットしなかった。再び注目を浴びたのが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」での演奏シーンで、マーティがタイムスリップのは1955年に対しES-345が誕生したのが1959年である事から時代考証がなってないと話題に。美術監督がボディを映画のイメージにピッタリだと採用したのが真相だった。映画のギターは現在行方不明で、今年6月にギブソンが捜索キャンペーンを実施。見つかれば天井しらずの価格になると話題を呼んでいる。依頼品は少し傷があるが、現在も演奏可能でヴァリトーンスイッチも使用可能。
依頼品はギブソンのギター「ES-345」。本人評価額は200万円で、鑑定額は85万円。1974~75年に制作されたもの。1959年製の場合、状態が良ければ1000万円以上の価値があるという。
日本の歴史上最も長く続いた元号。昭和元年から数えて100年。昭和37年「可愛いベイビー」でデビューした中尾ミエさん。15歳のときだった。
昭和22年に生まれた流行歌を紹介する。笠置シヅ子さんのサイン入りブロマイドが登場。サインは三笠静子となっている。昭和2年にデビュー。昭和10年くらいまで使われていたという。崇仁親王が「三笠宮」の宮号を賜ったことにより改名した。本人評価額は2万円。評価額は1万5000円だ。
昭和34年にはじまった伝説の喜劇番組「デン助劇場」。大宮敏充扮するデン助はお茶の間の人気者となった。デン助人形が登場。本人評価額は5万円。
1964年のスポーツの祭典「東京オリンピック」。重量挙げの三宅義信、東洋の魔女、神永昭夫、アントン・ヘーシンクなどが話題となった。日本は金メダル16個を獲得。黒木さんはボランティアスタッフとして働いていたという。当時は大学生。国立霞ヶ丘競技場で選手などを誘導していたという。アベベ・ビキラが2連覇を達成した。東京オリンピック公式ポスター4点が登場。手掛けたのは亀倉雄策。1961年から1年ごとに発表された。ボランティアの記念としていただいたという。本人評価額は4万円。結果は15万円。デザインに力があるという。
続いてのお宝は1970年の大阪万博の住友童話館で上映された人形劇で使用されたロボット「バンパ」。本人評価額は70万円で、結果は100万円。
続いてのお宝は1977年に巨人の王貞治がヤクルト戦で世界記録となる通算756本塁打を達成した試合の未使用チケット。本人評価額は10万円で、結果は20万円。
長野県・伊那市で文具製造・販売などを手掛ける小椋の代表取締役社長の小椋文成さんが持ち込んだお宝は創業者で父の元文さんが友人から借金のカタとして受け取った日本画家 池上秀畝の屏風。池上秀畝は1874年に長野・高遠の商家に生まれ、絵を描くのが好きだった父の影響で幼い頃から絵を描いていた。15歳の時に画家を志して上京し、父の勧めで花鳥画の名手と知られる荒木寛畝に弟子入した。荒木からは写生の重要性を徹底的に教え込まれ、19歳の時に日本美術協会展に初出品して二等賞を獲得して華々しいデビューを語った。時代は西洋の画法を日本画にも取り入れた新派が台頭してきた頃だったが、秀畝はあくまで桃山美術などの日本の伝統を維持しながら近代化を目指した。
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- テレビ東京 開運!なんでも鑑定団
お宝は池上秀畝の屏風。本人評価額は200万円で、結果は本物で300万円。
