- 出演者
- 古田新太 大倉忠義(SUPER EIGHT) 村上信五(SUPER EIGHT) 横山裕(SUPER EIGHT) 丸山隆平(SUPER EIGHT) 安田章大(SUPER EIGHT) 葉加瀬太郎 高橋茂雄(サバンナ) 後藤真希 武部聡志 ヒャダイン 川田裕美 高橋海人(King & Prince)
豪華プロが選ぶ 音楽の教科書に載せたい昭和・平成・令和 女性アイドル50年史。
1972年に登場した森昌子は13歳でデビューし当時のキャッチフレーズは「あなたのクラスメート」。
1973年に登場した麻丘めぐみは1972年に歌手デビューしわたしの彼は左ききは自身最大のヒットを記録した5thシングル。キュートな振付が一斉を風靡しアイドル振付の原点と言われる。振付は山口百恵などの楽曲を担当した西条満。
葉加瀬太郎が注目したのは作曲家筒美京平で日本のモーツァルト。音楽の教科書に乗せたいポイントはアイドルや楽曲を支えた作家陣にも注目を。
1975年に登場したキャンディーズはセンターやメンバーカラーなどアイドル界のセオリーを生み出した。8時だョ!全員集合などバラエティ番組でも活躍。伊藤蘭はキャンディーズ解散から41年ぶりにソロデビュー。
データ放送でプレゼント企画を実施。応募はdボタンを押して確認を。
豪華プロが音楽の教科書に載せたい女性アイドルの名曲を厳選。アイドルという存在が誕生した70年代から黄金期と言われる80年代、アーティスト性の高いアイドルやオーディションから生まれたグループの出現など女性アイドルの歴史を1年ずつ振り返る。1976年、キャンディーズブレイクの翌年に登場したのがピンク・レディー。5作連続ミリオンヒットするなど社会現象になった。葉加瀬太郎が教科書に載せたいというポイントが3秒で食いつかせる戸倉俊一の音楽的工夫だとし、のっけからタイトルを言うと指摘。ヒャダインはトンチキソングの元祖などと指摘。曲の構成も変でサウスポーは一回ボツになったバージョンがあるともヒャダインは指摘。未発表バージョンのサウスポーが流れた。未発表バージョンとはキャッチーさが違い、歌詞の当て方が合っているなどと話した。
1978年、21歳で引退した伝説のアイドルの新境地となる1曲が。
1978年、音楽番組「ザ・ベストテン」が放送開始となり、アイドル界では2つの注目ポイントがあった年。1つ目は第1回 ホリプロスカウトキャラバン グランプリとなった榊原郁恵の代表曲「夏のお嬢さん」が発売。
また、1978年には、21歳で引退した伝説的アイドルがデビュー5年目で新境地を開拓した年。プレイバックPart2について、あの歌詞、あの音楽の世界を20歳に満たない女の子に歌わせるのはなかなか…、あの百恵さんの映像をみても20歳には見えないなどと葉加瀬太郎はコメント。彼女の持っているものを引っ張り出したのだろうなどとも話した。
女性アイドル50年史。黄金期とも呼ばれる80年代。まずはその幕開けとなる1980年、山口百恵さんが21歳にして引退したこの年に登場したのが松田聖子さん。松田さんの名を一躍広めたのが2ndシングル。ヤマモトショウさんは「サビ前のワンフレーズが“あなたが好き!”アイドルに歌ってほしいことって結局これではないか」、作詞家の小泉果奈さんは「圧倒的な声量、伸びやかな歌声、すべてを兼ね備えたアイドルの極み」などコメント。葉加瀬太郎さんが音楽の教科書に載せたいポイント。それはデビューから10曲全てが明るい長調。超王道アイドル路線を確立したこと。葉加瀬さんは「楽曲制作に携わる作家陣が豪華だった」などコメント。
- キーワード
- FRUITS ZIPPERkyo-do?NEW KAWAIIわたしの一番かわいいところチェリーブラッサムフジテレビジョンヤマモトショウ三浦徳子夏の扉小泉果奈小田裕一郎小麦色のマーメイド山口百恵松田聖子渚のバルコニー白いパラソル私立恵比寿中学裸足の季節資生堂赤いスイートピー青い珊瑚礁風は秋色風立ちぬ
松田聖子さんの作曲を手がけた作家陣に注目。松田聖子さん本人が番組で語った貴重なインタビュー。作詞家松本隆さんの声掛けによって担当したのがはっぴいえんど時代の盟友大瀧詠一さん。2人が手がけたのが「風立ちぬ」。チューリップのリーダー財津和夫さんが手がけたのは「夏の扉」。ヒャダインさんは「合いの手が入りやすい王道アイドルソング」などコメント。ちなみに当時のレコーディングについて松田聖子さんは「あの頃は本当に忙しくて、3ヵ月に1枚シングルが出ていた。常にレコーディングをしているという感じ。1つレコーディングが終わってやっと覚えてテレビで歌い始めたらもう次という感じだった。毎回スタジオに行って“はい、これが次のシングルです”という」などコメント。続いては当時、YMOとしてテクノポップ・ブームを起こした細野晴臣さんによる楽曲「ガラスの林檎」。続いて松任谷由実さんが別名呉田軽穂として提供した「赤いスイートピー」。ヒャダインさんは「松任谷さんの曲は個性的で、その仮歌が聞こえてきそうなものの全くその面影を見せないのが、松田聖子さんの歌の素晴らしさ」、ヤバイTシャツ屋さん・もりもりもとさんは「未完成な恋愛を描いたラブソングの切なさを際立たせる」など、コメント。松田さんへの楽曲提供について松任谷由実さんは以前「松本隆さんから“ライバルに曲書いてみない?”と言われ、松田聖子という歌手への好奇心が上回ってオファーを受けた」など話している。松田聖子さんは「松任谷由実さんもレコーディングの時いらしてくださった事があったが何もお話できなかった。カチカチに緊張して、歌について語り合うとかそういう立場ではなかった」などコメント。そして呉田軽穂名義で松任谷由実さんは「Rock’n Rouge」も作曲。
1981年(昭和56年)。山口百恵さんの引退に続いてピンク・レディーも解散。そんなこの年の注目すべきアイドルまず1人目はオーディション番組「君こそスターだ!」出身の石川ひとみさん。ヒット曲「まちぶせ」について、本間昭光さんは「少し危うさを感じさせる歌詞も美しいメロディーと相まって印象的に」などコメント。
1981年(昭和56年)。松本伊代さんの紹介。「センチメンタル・ジャーニー」についてヒャダインさんは「松本伊代が“松本伊代”として歌っているのが、スゴく革新的」などコメント。
1981年(昭和56年)。石川ひとみさん、松本伊代さんのあとに紹介する人は女優Yさん。その女優Yさんについて葉加瀬太郎さんは「ここから“女優が歌う”というのが始まる」、武部聡志さんは「主演を演じた役者が主題歌も歌ってヒットする方程式ができた」などコメント。
1981年、注目の女性アイドル3人目は、薬師丸ひろ子。「セーラー服と機関銃」「メイン・テーマ」など、自身主演映画の主題歌でヒットを連発した。呉田軽穂こと松任谷由実の提供曲である「Woman“Wの悲劇”より」について、薬師丸ひろ子は、メロディーが難解な曲、それが主人公の気持ちの不安定さを表す、言葉とメロディーで主人公の気持ちを表している曲だなどと話した。
