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オープニング映像。
91歳の久喜さんは、宮崎・椎葉村の山で妻・久子さんと2人で暮らしている。椎葉では、良いことも悪いことも神様からの授かりものだという意味の「のさり」という言葉がある。日本の原風景が残る椎葉に魅せられた柳田國男は、村内をくまなく歩き回り椎葉を記録に残して全国に知らしめた。年の初めの十四日には、子どもたちが棒で地面を叩いて大地の霊を沈め豊作を願う田園畑のもぐら打ちを行う。
柳田國男は、椎葉で見た犬によるイノシシ猟に驚いた。今でも村のいたるところで、犬がイノシシを追い込む猟が行われている。猟師の康道さんは、5匹の犬を連れて険しい山に向かった。途中で山の神を祀る神社に立ち寄り、ケガなく獲物が獲れることを祈願した。2時間で10キロ以上を走ったが、この日山の神は微笑んでくれなかった。
久喜さんのニワトリを襲ったテンが、追いかけてきたアナグマに食べられた。生きること死ぬこと、すべてはのさりだった。久喜さん夫婦は、牛飼いに山仕事、蜂蜜採りと結婚してから休みなく働いてきた。谷に集落が点在する椎葉は、古くから地すべりや川の氾濫で被害を受けてきた。厳しい自然ものさりと受け入れて生きてきた。18歳で椎葉を出た翔仁さんは宮崎市内や東京で料理人として働いたが、37歳になった今は椎葉に戻って実家の豆腐屋を継ぎ、名物の菜豆腐を作っている。山でイノシシが罠にかかったと知らせを聞いて駆けつけた翔仁さんは、初めてイノシシの解体を手伝った。
春になってもハチの姿が見えず、久喜さん夫婦は硬い表情をしていた。一方、小屋では烏骨鶏のヒナが孵っていた。翔仁さんは椎葉の住民に連れられ、山菜を採った。康道さんは猟の前に先祖が作った山の神の祠に立ち寄り、安全を祈願した。この日は山に入るとすぐに犬が吠え始め、2頭のイノシシを仕留めた。猟を見守ってくれた山の神にたてがみを供えるのが習わしとなっている。久喜さんのもとにまだハチは来ていなかった。山の奥の巣箱まで見に行くと、ハチが来ているのが確認できた。
椎葉に夏が訪れ、村は帰省した家族連れで賑わいを見せた。翔仁さんは、墓に花を供える時に使う竹を切り出した。翔仁さんは21歳で結婚し長男が生まれたが、3年余で離婚した。宮崎市内で母親と暮らす長男は、翔仁さん椎葉に戻ってから時々遊びに来るようになった。親子は2人で墓掃除をした。盆の入りの夕方には迎え火を焚いた。
秋になり、久喜さんの小屋では春に孵った烏骨鶏は大きくなり、ヒナも増えた。ハチミツ採りの季節だったが、久喜さんは体がついていかないから今年は採りきれない、ハチは冬食べるエサがあるから喜んでいるかもしれない、ハチにとってのさりになるかもしれないと話した。椎葉では焼き畑を受け継いできた。夏に火入れしたあとで撒いたそばが実をつけた。翔仁さんは、作物ができたときはのさったと思う、のさるって自分ではどうしようもできないことがたまたまたそうなってありがたい感覚だと思うと話した。
エンディング映像。
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