「うなぎパイ」は百貨店など東京などでも購入できるようになったが、認知度上昇の背景にはお土産としてのこだわりがあった。1961年、春華堂が「うなぎパイ」を発売。1964年に東海道新幹線、1969年に東名高速道路が全線開通したことにより、東京~大阪間の人の流れが爆発的に増加。新幹線や高速道路を使えば東京や大阪でも常に大量販売することも物理的には可能になった。春華堂はあえて東海地方を中心に限定販売したことで、新幹線のホームや高速SAで「浜松を通るからうなぎパイを買わなきゃ」と思い出すリマインダーの役割を果たした。その結果、主導権を大都市に渡さず、地元に利益が落ちる仕組みを作り上げた。問題「うなぎパイに入っている隠し味は何?」。答え「ガーリック」。試作段階で職人たちがおいしさに深みがないと、当時ブームだった「餃子」をヒントにガーリックを生臭さを消すために使用としたところ、深みのある癖になるおいしさになった。田中は「うなぎパイを買ってるだけではなくて行ってきたという体験そのものを買うことにもつながり、限定販売は価値が高い売り方」などとコメントした。うなぎパイは4種類あり、ナッツ入りやブランデー入りなどがあるという。
