番組は大泉洋さんに撮影秘話を聞いた。東村さんは制作に関わることを全部していて、一緒に食事に行こうと予約を相談をすると、どのお店でも口利きしてくれて、「宮崎の人全員先制の後輩か親戚。どれだけ力があるのかな宮崎だと」と語り、全てが細やかでコーディネーターに向いていると評した。東村さんは、昔から仕切り屋だと話した。原作者が脚本・キャスティング・方言指導・衣装合わせ・ロケ地選定・交渉・手配・美術監修・現場の差し入れ係、親戚一同へのあいさつ回りなどあらゆることに関わった。祖母の家で撮影し、近所にコンビニもなく伝で差し入れも担当した。劇中に描かれたデッサンなどの作品は東村さん作。映画は東村さんの代表作であり自伝的作品となっている。東村さんは先生役をやってもらうならずっと大泉さんにやってもらいたいと周囲にも話していたそう。大泉さんは現場で東村さんに懐いてずっと隣にいたと振り返った。方言があるとしゃべれない中、どんな言葉を先生なら言うかをよく質問し、その言葉の扇子が抜群だったという。東村さんは撮影にうるさいことは言わず導いてくれる。撮影期間中、出版社に頼んで休載させてもらって現場に通っていた。