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「アイリスオーヤマ」 のテレビ露出情報

2011年の東日本大震災ではアイリスオーヤマも被災。本社や工場のあちこちが損壊し、商品が出荷できなくなった。しかしその中にはカイロなどの被災者に届けたい生活用品が。社員にすぐに復旧作業にあたってもらうべきか、大山は決断を迫られたという。震災から3日後の月曜日。誰も出社していないかもと思いながら工場に向かうと、400人の社員が出社していたという。なにか役に立てることはないかと集まっていた。この光景をみた大山は社員たちに向かい、未来を見据え進むことを宣言。しかし復旧作業が困難だった場所は商品を自動的にピックアップする巨大倉庫。商品が散乱し台車が動かせない状況になっていたという。しかも停電で真っ暗で懐中電灯の明かりで商品を取り除いていかなければ行けない状況に。電気が戻り高さ30mのクレーンも動くように。スタッフは命綱をつけて商品を取り出すために散乱した商品を片付けた。2週間がかりで自動倉庫は復旧。カイロや毛布などを届けることができたという。さらにLED照明の増産を決定。当時はまだ普及しておらず、アイリスオーヤマもほそぼそと作る程度だった。蛍光灯をLEDに変えれば半分の電力で蛍光灯の半分の電力になると考えた。震災から10日後に大山は中国に飛び、5倍の増産を指示した。アイリスの工場では需要の変化に対応できるように空きスペースを確保。そのスペースを使って一ヶ月で増産体制を整えた。その節電効果は440万キロワットに。100万世帯以上の電力量に。大山は震災発生後に家族が見つからないという社員もいるなか半数の社員が避難所や自宅から来てくれていたのは嬉しかったという。また社員が命がけてやってくれたおかげで被災者に救援物資を届けることができたと答えた。
被災者のために覚悟の行動をとった写真はアイリスが運営する気仙沼のホームセンター。震災の直後から客が押し寄せ、店長だった吉野さんはすぐ店を開けて本部とも連絡がつかない中で灯油を無料配布した。燃料の流通がストップする中で噂を聞きつけた人たちがやってきた。吉野さんは大山によくやったと言われたと答えた。また大山は震災当時福島第一原子力発電所の水素爆発が起き、計画停電になったために直感的にLEDを供給しないといけないと感じたという。他社より一歩でも半歩でも早く判断することで供給体制を確立するのがアイリスの使命だという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月26日放送 23:06 - 23:55 テレビ東京
カンブリア宮殿カンブリア宮殿 震災15年 アイリスオーヤマの挑戦
東日本大震災で被害の大きから地域の一つの気仙沼市。町は津波に飲み込まれたが、15年経過して建物は道路も復旧し震災の爪痕も消えつつある。三陸自動車道や防潮堤もできたが、事業を再開したものの取引先が戻らずに廃業した水産会社。以前の活気は戻っていない。こうした厳しい状況を見越し、大山が震災から2年後に始めたのは、経営未来塾という。地元経営者を育てる塾。前の規模に残[…続きを読む]

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