女子サッカー史上初のW杯優勝の澤穂希。世界一に輝けたのは、アメリカ生活時代にまるでドラマのような出来事があったから。兄の影響で6歳でサッカーを始めたが、当時は女子でサッカーをする子どもがほとんどいなかった時代。地元サッカークラブに入団しようとするも、前例がないと断られてしまう。そこで食い下がった母の言葉で入団を果たし、その後女子サッカー界の歴史を次々と塗り替える。史上最年少の12歳で、名門・読売ベレーザに入団。史上最年少の15歳で日本代表に選出。16歳で女子W杯出場、17歳でアトランタ五輪に日本市場最年少出場。そして20歳で女子史上初アメリカリーグへ移籍。2008年の北京五輪では初のベスト4。2011年にW杯優勝し、団体として初の国民栄誉賞を受賞。なでしこジャパンが流行語になるなど社会現象になった。翌年、バロンドールをアジア人で初めて獲得。W杯で優勝できたのは、アメリカで恋人との別れを決断したからだという。アメリカのプロリーグでプレーしてた頃、プロリーグが経営難でリーグが撤退するとなったときに、アメリカに残って結婚して引退するか、日本に帰国してサッカーを続けるかのどちらかの選択だったという。彼からサッカーやめて後悔しないかと聞かれ、後悔するなという思いで決断。
