ファッションデザイナー・コシノジュンコの豪邸を中山が取材した。白、赤、黒などを基調に直線や幾何学模様を大胆に取り入れたデザインは彫刻のような立体感が特徴。独自のスタイルで切り開いた表現の場はインテリアや花火の世界にまで広がっている。去年、文化勲章を受章。ファッションデザイナーとしては森英恵、三宅一生に続く快挙を成し遂げた。受章パーティーでMCを務めた中山がコシノが自ら設計した自宅へ。室内は土足。約30年前からインテリアのデザインを手がけている。キッチンには圧倒的な数の皿。色で揃えていて、皿の数は数えたことがないという。一番高級なものは中国の清の時代のもの。茶室にはコシノが集めた数々の茶器がある。
コシノジュンコの歩みと世界観を深く紐解く。160年に装苑賞を最年少の19歳で受賞した。服飾の道へ進んだ理由についてコシノは「家が洋装店で、画家になりたくて一生懸命絵を描いていた」などと話した。当時のデザイン科には花の9期生と呼ばれた高田賢三、松田光弘、金子功など錚々たる顔ぶれが揃っていた。1970年に開催された大阪万博では3つのパビリオンのユニフォームをデザインした。昨年の大阪・関西万博でもユニフォームのデザインを手がけた。1978年にパリコレクション初参加。3回目となるパリコレクションではシャネルのショーと時間が被ってしまったという。その後、22年連続でパリコレに参加した。1980年に第1子妊娠。妊娠をきっかけに新たなコンセプトが生まれたという。コシノは「地球も付きも宇宙は全部丸い。丸に夢中になった」などと述べた。1985年には中国・北京で中国最大規模のショーを開催。その後もメトロポリタン美術館やベトナムやキューバでのファッションショーなど活躍の舞台は世界中へと広がった。2010年には花火をデザイン。他にもDRUM TAOの衣装を手がけるなど、多岐にわたる活動が認められ、2021年にうフランスの最高勲章を受章。去年、日本の文化勲章を受賞した。コシノは「勲章をいただくってことは終わりじゃなくて始まり」などと語った。
コシノジュンコの歩みと世界観を深く紐解く。160年に装苑賞を最年少の19歳で受賞した。服飾の道へ進んだ理由についてコシノは「家が洋装店で、画家になりたくて一生懸命絵を描いていた」などと話した。当時のデザイン科には花の9期生と呼ばれた高田賢三、松田光弘、金子功など錚々たる顔ぶれが揃っていた。1970年に開催された大阪万博では3つのパビリオンのユニフォームをデザインした。昨年の大阪・関西万博でもユニフォームのデザインを手がけた。1978年にパリコレクション初参加。3回目となるパリコレクションではシャネルのショーと時間が被ってしまったという。その後、22年連続でパリコレに参加した。1980年に第1子妊娠。妊娠をきっかけに新たなコンセプトが生まれたという。コシノは「地球も付きも宇宙は全部丸い。丸に夢中になった」などと述べた。1985年には中国・北京で中国最大規模のショーを開催。その後もメトロポリタン美術館やベトナムやキューバでのファッションショーなど活躍の舞台は世界中へと広がった。2010年には花火をデザイン。他にもDRUM TAOの衣装を手がけるなど、多岐にわたる活動が認められ、2021年にうフランスの最高勲章を受章。去年、日本の文化勲章を受賞した。コシノは「勲章をいただくってことは終わりじゃなくて始まり」などと語った。
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