アメリカとイランの対立は、最高指導者ハメネイ師の殺害に至るまでに激化した。1960年代のイランはアメリカと友好国で、西洋的な近代化が進んでいた。一方、イランでは貧富の格差が広がり、強権的な国王への不満が拡大していた。1979年にイスラム革命が勃発し、ホメイニ師を最高指導者とする保守的なイスラム体制が確立した。アメリカとの関係悪化を決定的にしたのが、ホメイニ師を支持する学生たちによるアメリカ大使館占拠事件で、外交官など50人余りを人質に、アメリカに亡命しているパーレビ国王の身柄引き渡しを求め、400日以上に渡って大使館に立てこもったという。今回の攻撃では、イランはホルムズ海峡を事実上閉鎖した。イスラエルのみならず中東各地に反撃しているという。
