午前6時、カナダ館の前でラジオ体操をしているのは各国のパビリオンで働く人たち。大屋根リングは絶好のランニングコースで国の垣根を超えた交流の場となっていた。日本人の両親のもとカナダで生まれ育った誠治さんは家族の勧めでパビリオンの仕事に応募。奈良県に住む2人はUAE館で働くアリアさんに会うためこれまでに10回以上万博を訪れている。習得が難しいとされるアラビア語で手紙を書き、通っている小学校には「万博外交」と見出しを付けた新聞を貼り出して魅力を伝えた。地下鉄が動かなくなり多くの人が会場で一夜を明かすことを余儀なくされた時、いち早く対応したのがオランダ館。null2を手掛けた落合陽一さんは「本当に重要なレガシーは人。ここにいた人たちは日本のことを好きになってくれた。彼らの記憶の中に大阪の184日間が刻まれたのは日本にとって60年70年の財産」などとコメント。
