7月12日成田空港、ジェイソンさんがサンフランシスコからやってきた。翌日、群馬県上野村にやってきたジェイソンさん。人里離れた山奥に123便が墜落した御巣鷹の尾根がある。登山道の入口には多くの杖があり、高齢となった遺族のために寄付されたものだという。ジェイソンさんは40年前、遺体確認のため群馬には来たが御巣鷹山を訪れるのは今回が初めて。杖を頼りに山道を登っていく、当時ヤブに覆われていた道なき道は慰霊に訪れる遺族のために上野村とJALが登山道として整備してきた。しばらく登ると無数の風車が並び、そこには墓標があちこちにたてられていた。愛する肉親の遺体が見つかった場所に、遺族がたてているという。あの事故から40年、御巣鷹の尾根の墜落現場は深い緑に覆われている。1時間以上かけてようやく到着し、ジェイソンさんはさらに上を目指す。ワードさんの座席は10H、前の方だった。遺体の見つかった辺りに写真を置き、それを墓標代わりにするジェイソンさん。今ここは、愛する人の魂と再会する山、そして航空業界の関係者が安全を誓う場所になっている。
東京・下北沢、ジェイソンさんは東京で訪ねたい場所があった。ワードさんとよく飲みに来ていたロックバー。この日、店で会う約束をしている人たちがいた。風岡さんは、当時交換留学生の世話係だった。昌道さんと美穂さんは、ワードさんのホームステイ先の子どもたちで兄のように慕っていた。ワードさんは、あの事故の前日に風岡さんに電話をしていたという。ジェイソンさんにとっては初めて聞く話だった。去年12月JALのパイロットが乗務する前日に過度な飲酒をした問題、事態を重く見た国土交通省はJALに業務改善勧告を出した。
東京・下北沢、ジェイソンさんは東京で訪ねたい場所があった。ワードさんとよく飲みに来ていたロックバー。この日、店で会う約束をしている人たちがいた。風岡さんは、当時交換留学生の世話係だった。昌道さんと美穂さんは、ワードさんのホームステイ先の子どもたちで兄のように慕っていた。ワードさんは、あの事故の前日に風岡さんに電話をしていたという。ジェイソンさんにとっては初めて聞く話だった。去年12月JALのパイロットが乗務する前日に過度な飲酒をした問題、事態を重く見た国土交通省はJALに業務改善勧告を出した。