1926年創業リンタツ。元々は林立夫商店。伸銅品の販売からスタート。鉄を多く使う産業が発展し始めていた時代で日本では鉄が主流。ステンレスはまだ新しく高価で貴重な金属。しかし、2代目の社長がステンレスの可能性に着目し、1953年頃から専門的な取り扱いを開始。産業や暮らしを支える価値を信じ未来を担う素材を見つめ続け、今では売上高759億円、全国約1000社に愛される業界トップクラスの企業になった。リンタツが100年愛され続ける理由は2つの“シンカ”があった。1974年設立の半田ステンレス加工センター。自動車・厨房周りなど多様なステンレスの加工を担い、国内トップクラスの生産量を誇る。工場設立当時、商社は材料を売るだけが当たり前。しかし、リンタツは加工まで行った。その進化が愛され続ける1つ目の理由。ステンレスはカーブミラー・エレベーターのミラーなどに使われている。2つ目は従業員の関係のシンカ。まるでホテルラウンジのような社員食堂。バーカウンターにグランドピアノまで置かれた開放的な空間。さらにビュッフェ形式の食堂で、専属シェフがメニューを考え、利用者の食べたい要望に応えてくれることも。値段は1食380円。その名も協調の広場。別部署の社員同士が協調する場所として機能している。部署を越えた交流が生まれ、働きやすい職場づくりに繋がっている。さらに慰安旅行も。人間関係を築いたことが特急案件を乗り切る技術力とスピードを後押しした瞬間もあった。
本社ビル4階フロアには本格的なバスケットボールコートがある。2011年設立の男子バスケットボール実業団チーム・スティーラーズ。2016年に全日本社会人バスケットボール選手権大会で優勝するほど。岡本監督に設立の理由を聞いた。バスケットボール強豪校のキャプテンだった岡本さんの同級生は入社後母校の体育館を借りてバスケを続けていた。その後、強豪校出身の後輩も入社。リンタツの社内で経験者を集めて練習や試合を行っていた。実力のある選手が揃ったため2011年リンタツがチームの結成を決意。バスケットボールを通じて心身ともに明るく元気な学生が入社してくれることも期待し今日まで活動を続けている。その影響でバスケットボール経験者のリンタツへの入社が増えていったが、練習場所は選手各々の母校など1時間半かけて練習場所に向かう選手もいた。社員やチームのことを考え、リンタツはコートを作ることを決断。コートを公式戦ができる広さで作るには土地が足りず、お隣さんに土地を売ってくださいって言って買ったという。大事なのは相談できる現場。部署を越えて支え合う文化が結果としてステンレス業界有数のスピードと品質を生んできた。
本社ビル4階フロアには本格的なバスケットボールコートがある。2011年設立の男子バスケットボール実業団チーム・スティーラーズ。2016年に全日本社会人バスケットボール選手権大会で優勝するほど。岡本監督に設立の理由を聞いた。バスケットボール強豪校のキャプテンだった岡本さんの同級生は入社後母校の体育館を借りてバスケを続けていた。その後、強豪校出身の後輩も入社。リンタツの社内で経験者を集めて練習や試合を行っていた。実力のある選手が揃ったため2011年リンタツがチームの結成を決意。バスケットボールを通じて心身ともに明るく元気な学生が入社してくれることも期待し今日まで活動を続けている。その影響でバスケットボール経験者のリンタツへの入社が増えていったが、練習場所は選手各々の母校など1時間半かけて練習場所に向かう選手もいた。社員やチームのことを考え、リンタツはコートを作ることを決断。コートを公式戦ができる広さで作るには土地が足りず、お隣さんに土地を売ってくださいって言って買ったという。大事なのは相談できる現場。部署を越えて支え合う文化が結果としてステンレス業界有数のスピードと品質を生んできた。
