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2026年は東京ジョイポリス開館30周年、チップスター発売50周年、「ラッパのマークの正露丸」でお馴染みの大幸薬品の創立80周年と、今年が周年の企業やモノなどが様々。それらはなぜ長い間愛され続けているのか?40周年のローソンのからあげクンは、あるものを変えなかったことから愛されて続けている。あのラーメン店はスープの味を守り抜いたから。愛され続ける理由を紐解く。
向井慧は2006年デビューで、芸人になってから20年目を迎える。ゆめぽては今年が俳優デビューの年で、「ここから周年を続けていけたらいいな」とコメント。小島奈津子も結婚25周年という節目なのだが、スタッフは知らなかったよう。
2016年にはリオデジャネイロオリンピックが開催。日本は41個のメダルを獲得。ピコ太郎「PPAP」がリリース10周年。2006年には甲子園決勝が引き分けで再試合に。AKB48がメジャーデビュー20周年。ひこにゃんが生誕20周年。スターバックスコーヒーが日本進出30周年。たまごっちが発売30周年。1986年はおニャン子クラブやチェッカーズが全盛。ねるねるねるね、チョコあ~んぱんが発売40周年。
どうとんぼり神座が40周年。1986年に道頓堀で4坪9席の店をオープンし、現在は国内127店舗、年商195億円。創業者は元フレンチシェフの布施正人。日本の味を目指し、1年半の試行錯誤で訳のわからない味のスープが生まれた。スープの味は鉄壁守備。1.スープの素・マンツーマンディフェンス。スープの素のレシピを知るのは創業者と現社長だけ。2.スープを死守する社員全員守備。スープの味が盗まれそうになる事件が多発したが、社員全員で守り抜いた。3.訳のわからない味の守護神。スープソムリエ制度で味を徹底管理している。スープソムリエ管理官は全国に10人。この鉄壁守備が神座が40年愛され続ける理由。
どうとんぼり神座のスープは門外不出。しかし余命宣告を受けた客のために、客の家へ行って作ったことがあるという。10年後に国内外で700店舗が目標。神座が40年愛され続ける理由は鉄壁守備。
ローソンのからあげクンが40周年。2024年にギネス世界記録に認定。累計49.6億食以上を販売。40年愛され続ける理由は、あるものを変えなかったから。からあげクンは1986年の発売当初から大ヒット。1990年~2代目、2003年~3代目のパッケージに。からあげクンのキャラクターはニワトリではなく妖精。フレーバー数はこれまでに430種類以上。2009年発売のまつたけポン酢味は不人気だった。
あまたあるフレーバーの中でどれが売れているのか。3位が北海道チーズ、2位がレギュラー、1位がレッド。レッドについては、スパイスを7種類か11種類に増やしている。北海道チーズについては、チーズの種類を4趣里に増やしたという。遊び心で生まれたのが多数のフレーバー。そして今年登場したのがからあげクン 合体謎味という新フレーバー。からあげクン 合体謎味を食べたゆめぽては、黄金チキンとか?と予想していた。向井はパッケージにある合体の合の文字ににんにくの形になっていると気づいていた。
今年で発売40年の「からあげクン」。以前は店員に注文していたが、現在は客が自ら手にとってレジまで運ぶスタイルに変化。より手軽に購入できるようになった。40年間続くこだわりは胸肉を使用し続けていること。ふつう胸肉は結着肉にされるが、からあげクンは一枚肉をカットして使用。当時胸肉は「パサパサしていて美味しくない」といわれていたが、当時の開発担当者が胸肉にこだわった。
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「からあげクン」は発売から現在までずっと胸肉を使用。柔らかくするにあたり下処理に手間を掛けていると考えられる。ゆめぽてが今後出して欲しい味は「麻辣湯味」。向井は「神座味」。
今年が周年イヤーの商品・企業4つを生まれた順に並び替えるクイズ。選択肢はハイマッキー、クリスピー・クリーム・ドーナツ、ゼルダの伝説、株式会社MTG。正解は新しい順にドーナツ→MTG→ゼルダ→マッキー。マッキーは発売50周年、ゼルダは40周年、MTGは創業30周年、ドーナツは日本上陸20周年。
美容機器メーカーMTGのリカバリーウェアブランド「ReD」。天然鉱石8種類を配合した繊維により疲労回復などの効果を得られる。日中のウェアとしても着用できる。開発期間8年。ポロシャツやTシャツなどバリエーション豊富。今後は医療従事者向けも販売。
1966年開業の福島「常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)」。大阪「通天閣」の2代目は56年完成。初代とは形が異なる。46年には漫画「サザエさん」が誕生。36年には名古屋軍(現:中日ドラゴンズ)が創設。26年にはステンレス製造で業界トップクラスのある企業が誕生。
1926年創業リンタツ。元々は林立夫商店。伸銅品の販売からスタート。鉄を多く使う産業が発展し始めていた時代で日本では鉄が主流。ステンレスはまだ新しく高価で貴重な金属。しかし、2代目の社長がステンレスの可能性に着目し、1953年頃から専門的な取り扱いを開始。産業や暮らしを支える価値を信じ未来を担う素材を見つめ続け、今では売上高759億円、全国約1000社に愛される業界トップクラスの企業になった。リンタツが100年愛され続ける理由は2つの“シンカ”があった。1974年設立の半田ステンレス加工センター。自動車・厨房周りなど多様なステンレスの加工を担い、国内トップクラスの生産量を誇る。工場設立当時、商社は材料を売るだけが当たり前。しかし、リンタツは加工まで行った。その進化が愛され続ける1つ目の理由。ステンレスはカーブミラー・エレベーターのミラーなどに使われている。2つ目は従業員の関係のシンカ。まるでホテルラウンジのような社員食堂。バーカウンターにグランドピアノまで置かれた開放的な空間。さらにビュッフェ形式の食堂で、専属シェフがメニューを考え、利用者の食べたい要望に応えてくれることも。値段は1食380円。その名も協調の広場。別部署の社員同士が協調する場所として機能している。部署を越えた交流が生まれ、働きやすい職場づくりに繋がっている。さらに慰安旅行も。人間関係を築いたことが特急案件を乗り切る技術力とスピードを後押しした瞬間もあった。
本社ビル4階フロアには本格的なバスケットボールコートがある。2011年設立の男子バスケットボール実業団チーム・スティーラーズ。2016年に全日本社会人バスケットボール選手権大会で優勝するほど。岡本監督に設立の理由を聞いた。バスケットボール強豪校のキャプテンだった岡本さんの同級生は入社後母校の体育館を借りてバスケを続けていた。その後、強豪校出身の後輩も入社。リンタツの社内で経験者を集めて練習や試合を行っていた。実力のある選手が揃ったため2011年リンタツがチームの結成を決意。バスケットボールを通じて心身ともに明るく元気な学生が入社してくれることも期待し今日まで活動を続けている。その影響でバスケットボール経験者のリンタツへの入社が増えていったが、練習場所は選手各々の母校など1時間半かけて練習場所に向かう選手もいた。社員やチームのことを考え、リンタツはコートを作ることを決断。コートを公式戦ができる広さで作るには土地が足りず、お隣さんに土地を売ってくださいって言って買ったという。大事なのは相談できる現場。部署を越えて支え合う文化が結果としてステンレス業界有数のスピードと品質を生んできた。
エンディングの挨拶。
