1960年代、世界最大のオレンジ生産地はアメリカ・フロリダ。そんなフロリダをたびたび寒波が襲いオレンジの生産量が激減。そこでフロリダの代替地として白羽の矢が立ったのがブラジル・サンパウロだった。当時、ブラジルではコーヒーの価格が低迷。収益悪化に苦しむこの地域のコーヒー農家が続々とオレンジ栽培に活路を求めた。ブラジルのオレンジ産業を後押しした一つが、1992年に日本がオレンジ果汁の輸入を自由化させたこと。こうして、1990年代にはブラジル産オレンジジュースが世界市場の約8割を占めるまでに拡大した。しかし、ここ数年、ブラジルのオレンジ栽培が危機に直面している。2024年、細菌で栄養の通り道が詰まり植物が衰弱してしまうグリーニング病が大流行しオレンジ生産量が3割減少。まだ治療薬は見つかっていない。
ブラジルのオレンジ生産者の皆さんに日本からの感謝のメッセージをお届け。生産者からは「皆さんにより良いものをお届けするために、これからも愛情や気配りを持って作っていきたいです」などといったコメントがあった。
ブラジルのオレンジ生産者の皆さんに日本からの感謝のメッセージをお届け。生産者からは「皆さんにより良いものをお届けするために、これからも愛情や気配りを持って作っていきたいです」などといったコメントがあった。
