ハイダルドゥシィ通り。ドイツで拘束されたというラマダンと電話がつながった。ラマダンは「車を借りていて借金がかさんだ そのお金を返さないといけない」などと話す。多くは語らなかった。ラマダンのふるさとの村に、ラマダンが戦争中に受けた深い傷跡があった。1999年、戦争の直後のラマダン。従兄弟たちはセルビア兵に虐殺された。ここで生きたまま焼かれたという。ラマダンが兄のように慕っていた従兄弟たち。ラマダンは「セルビア人は本当に残酷なやり方で殺したんだ 自分のこの目でいとこの焼け焦げた遺体を見た時、僕は決意した 僕には目の前に現れたセルビア人をすべて直ちに殺すことができる そう思うようになった」と話していた。18歳の若者に人を殺したいと思わせた思い記憶。