1992年から95年にボスニア紛争が起きた。そうした中で現地の人々を救うためにUNHCRサラエボ事務所の職員が最前線に立ち、緒方貞子は職員らを支えたという。当時、緒方貞子の通訳に抜擢されたアミラ・サディコビッチは当時の様子について語った。UNHCRは空輸によって援助物資を届けていたが、輸送機が撃墜されるなど関係者が志望するようになった。そこで緒方貞子は国連安保理で国際社会へ介入を訴え、輸送に関しては現地のトラックドライバーに依頼することにした。また緒方貞子は和平を話し合う国際会議に参加して、対立する3つの民族指導者に支援活動への安全確保を訴えたという。そのことによってボスニア各地へ支援できるようになった。