先月、福岡で一日警察署長をしていたのは卓球・早田ひな。早田のプレーが感動を呼んだパリオリンピック。初の大舞台で銅メダル。試合後、泣き崩れた早田。その裏には利き手の左手に負ったけがとの闘い。その状態はあまりに深刻だった。当時のことについて、石田大輔コーチが初めて口を開いた。オリンピック開幕1週間前。決戦の舞台へやって来た早田。現地、フランスのファンも注目する中、早速練習。練習パートナーを務めるのは石田大輔コーチ。2人の歩みは早田が中学生のときから。2人の夢の舞台で早田は快進撃を見せる。3回戦まですべてストレート勝ち。万全のコンディションだった。異変が起きたのは準々決勝。北朝鮮・ピョンソンギョンとの試合はし烈な打ち合いに。そして第7ゲーム終盤、ここで早田がタイムアウト。すると左腕を気にするしぐさ。突然左腕に痛みが。この試合、勝利を決めた早田は笑顔。試合後、選手村に戻り医師の診察を受けた早田。その状態は深刻なものだった。迎えた3位決定戦当日。ボールを打つ感覚はほとんどなかった。シンユビンに勝利しパリオリンピック女子シングルス銅メダル。石田コーチはパリオリンピックを最後にコーチを退任。この一戦が2人での最後の試合となった。