1972年の札幌五輪では、初めて全競技がカラー放送された。この大会で日本にとって冬季五輪初めての金メダルが生まれる。日本は表彰台を独占し、日の丸飛行隊と呼ばれた。1994年リレハンメル五輪のジャンプ団体でも、金メダルのチャンスが訪れるが、スキージャンプ団体の原田雅彦がミスジャンプで、確実と見られた金を逃した。この4年後の1998年長野五輪で、1本目を終え4位。原田は137mの大ジャンプを決めると、4人目の船木が125mで日本が金メダル獲得。ジャンプでは札幌以来26年ぶりの金メダルを獲得した。ところがこの大会以降、スキー板の長さのルール変更などが行われ、日本は低迷期に突入。そんな中、世界とご確認戦ってきたのがレジェンドの葛西紀明。フォームを徹底的に研究して生まれたのがモモンガスタイル。2014年ソチ五輪で長野以来のメダルを狙ったが、大会前メンバーの竹内択が血管の難病を発症。1本目を終えメダル圏内の3位につけた日本。2人目が竹内だった。チーム一丸で3位をキープしラストの葛西に繋いだ。葛西紀明のジャンプで日本が銅メダルを獲得。ジャンプ王国の流れを引き継いだのが葛西の愛弟子・小林陵侑。北京五輪で24年ぶりの金メダルを獲得し、今回のオリンピックでは連覇に挑む。
