三谷幸喜は日本大学芸術学部在学中の1983年に劇団「東京サンシャイン・ボーイズ」を結成。最もチケットが取れない劇団と言われるまでに。そんな三谷にテレビドラマの進出のきっかけが訪れる。三谷とヒット作品でタッグを組んでいたフジテレビの石原隆さんは、最初にタッグを組んだのは「振り返れば奴がいる」。新しい脚本家を探さなければいけなくなり、それがクランクインまで1ヶ月を切っている状況だったという。その中で三谷に白羽の矢が立ったが、当時連続ドラマをやったことがなく、空いていたら脚本をお願いできないかと伝えにいったという。三谷から承諾をもらい、打ち合わせとなったが、喜劇作家だった三谷だがドラマ自体はシリアスで、自身がイメージしているものとプロデューサーサイドがイメージしているものが食い違っていたために、三谷はこの脚本は自分ではないかもしれないと語った。その夜に石原さんに電話がかかってきたという。三谷はこのドラマのシリアス度、どのくらいハードボイルドなイメージなのかと言ってきて、ゴルゴ13なら難しいが、ブラック・ジャックくらいならなんとかできると伝えてきたという。石原さんはブラック・ジャックで結構ですと答えたという。その後このドラマは最高視聴率22.7%とヒット作に。
三谷は振り返れば奴がいるについて、まだ業界のことを知らずに、クランクイン1ヶ月前に話が来たことを普通のことだと思っていたという。その時はもうOP映像はあるとみせられ、主演の二人が浜辺で走っている様子にこれでなにか創ってほしいと言われたという。三谷は陸上の話がいいかと最初に発想を浮かべると、走っている人を描きたいわけではないと言われたと答えた。三谷は映像作品の原点には海外ドラマが大好きで、その世界に少し近づけた感じがあったという。海外ドラマの中でも特にお気に入りだというのは、日本では1972年に放送された「刑事コロンボ」。それが「古畑任三郎」につながる。1994年に始まった古畑任三郎は田村正和演じる独特のキャラクターと毎回豪華な犯人役との駆け引きが人気を集めて国民的人気ドラマに。しかしこのドラマが生まれるには難題があった。田村正和が刑事役はやらないと答えたという。そこで三谷のとった行動が田村正和の心を動かした。
三谷は振り返れば奴がいるについて、まだ業界のことを知らずに、クランクイン1ヶ月前に話が来たことを普通のことだと思っていたという。その時はもうOP映像はあるとみせられ、主演の二人が浜辺で走っている様子にこれでなにか創ってほしいと言われたという。三谷は陸上の話がいいかと最初に発想を浮かべると、走っている人を描きたいわけではないと言われたと答えた。三谷は映像作品の原点には海外ドラマが大好きで、その世界に少し近づけた感じがあったという。海外ドラマの中でも特にお気に入りだというのは、日本では1972年に放送された「刑事コロンボ」。それが「古畑任三郎」につながる。1994年に始まった古畑任三郎は田村正和演じる独特のキャラクターと毎回豪華な犯人役との駆け引きが人気を集めて国民的人気ドラマに。しかしこのドラマが生まれるには難題があった。田村正和が刑事役はやらないと答えたという。そこで三谷のとった行動が田村正和の心を動かした。
