10月下旬、プノンペンでカンボジアと日本を往復する日々を送る小林さん。教えてくれたのは行きつけの食堂である。一番のお気に入りは豚肉と目玉焼きをご飯に乗せた定番料理「バイサイチュリューク」である。小林さん自身も家族と離れて単身赴任の身であり、ちょくちょく日本に帰れても家族と過ごせる時間はほとんどないそうである。続いて案内してくれたのはプノンペンの郊外にある住宅街。カンボジアの貧困率は徐々に減少しているが、国民の多くは教育や医療にかけるお金がまだまだ足りていない。小林さんの自動車学校から新たな卒業生が生まれようとしていた。日本行きを控えていたのが2人の娘の学費のためにトラックドライバーを目指すチューン・チェットさんとカンボジアでは珍しいj女性ドライバーを目指すサー・サンディさんである。卒業を3日後に控え、技能講習もいよいよ大詰め。日本の交通ルールだけではなく、ドライバーとしてのマナーも教えていた。この日小林さんがやって来たのはプノンペンの中心部から車で30分ほどの場所。約4億円を投資して教習コースを作り、年間500人のカンボジア人ドライバーを育成しようとしていた。夜の8時を過ぎても小林さんの仕事は続く。日本各地の運送会社から問い合わせが来ており、約30社から採用依頼が来ていた。物流業界の期待に応えるためにも日本で活躍できる人材を1人でも多く育てなければならない。10月27日、この日は2期制のチェットさんとサンディさんの卒業式であった。トゥクトゥクに乗って自宅に帰ってきたチェットさんはこの家も前回の出稼ぎで買うことができていた。再び日本へと妻と2人の娘たちに別れを告げる時が来ていた。特定技能の資格では家族を連れていけないため、5年間は離れ離れで暮らすことになる。チェットさんはこの後日本で大きな試練が待っていた。
