アルバニア系住民の戦争犠牲者の墓地。25年前、虐殺された直後の墓。死者、行方不明者は1万人以上。3歳の少女、11歳の少年。セルビア側による掃討作戦はNATO空爆が始まるとさらに激化し、犠牲者は増え続けた。それでもコソボでは今でもNATO空爆は正義とされている。空爆を指揮したアメリカ大統領を変わらずたたえている。終戦から25年、解放記念日。コソボ議会で式典が開かれた。コソボのオスマニ大統領は「1999年6月12日NATO軍が私たちの土地にきた時彼らは救世主だった コソボにとってNATOは希望の光 正義 自由を与えてくれた」と話す。正義の戦争とは何なのか。NATO空爆の理由とされた人道的介入。コソボ紛争を先例として世界では人道的介入を理由とした戦争が今も続いている。