板倉滉は森保ジャパンの趣味の要で日本代表のセンターバックで、29歳。188センチの身長をいかしたヘディングで、1対1の局面の強さが光る。精度の高いキックで攻撃の起点も。前回大会の苦い思いもあり、球際で前に出るを意識している。その奮闘の日々を追った。オランダの首都アムステルダムは運河沿いの美しい街並みで、水の都としても知られている。主な交通手段は自転車。海外での暮らしは8年目を迎えた板倉は、日常生活にも慣れてきたという。休日はサッカー以外で体を動かし、軽い運動を行うことで疲労回復を促すアクティブレストを実践。
板倉が所属しているのはアムステルダムに本拠地を置くオランダ一部のアヤックス。国内リーグ制覇は28回でヨーロッパチャンピオンリーグ制覇4回を誇る。チームは若手中心で経験豊富な29歳に大きな期待が寄せられるが、板倉がこのチームに加入したのはワールドカップまで一年を切るタイミング。サッカー人生で唯一とも言える苦い経験を払拭するためだという。川崎フロンターレの下部組織出身で19歳でJ1デビュー。出場機会を求め期限付き移籍したベガルタ仙台で頭角を現した。守備だけでなく、攻撃にも参加できセンターバックとしてレギュラーを獲得した。海外に挑戦したのは21歳の時。ヨーロッパのシーンで順調にステップアップし、ドイツのブンデスリーガでは主力にまで成長した。2019年に初めて日本代表初選出すると守備の要として、不可欠な存在に。しかし代表に選ばれて以降新たな目標を見つけられずにいた。
板倉が初めて大きな壁に直面したのは4年前の大会。22年のカタールW杯では各国のスターと真剣勝負を繰り広げた。世界屈指の強豪国のドイツやスペインなどと争った一次リーグ。板倉は全ての試合でフル出場した。 ドイツ戦では得意のロングフィードから決勝点を演出。日本の1位突破に貢献したと高い評価をうけた。しかし板倉の実感は正反対で、持ち味の1対1の局面で世界のトップ選手に勝てないと、高さでも無力さを感じたという。スペイン戦では中盤でボールを奪えると考え前に出た。狙い通りパスが来たが相手に素早くボールを受け取る体制を取られた。一歩遅れ、足を出すしかなく一次リーグで2枚目のイエローカード。累積警告で次の決勝トーナメント一回戦は出場停止になり、板倉不在の日本はベスト16で敗退した。
日本代表を勝たせる存在になりたいと板倉は、ブンデスリーガのチームからアヤックスへの移籍を決断した。その決めてとなったのはヨーロッパのクラブNo.1を決めるチャンピオンリーグに出場できること。世界のトップ選手がしのぎを削る舞台で磨いてきた自分の実力を試すため。移籍の翌月にチャンピオンリーグでプレーする機会が訪れた。相手は昨シーズン優勝したイタリア一部のインテル。フランス代表のフォワードのテュラムらと対峙。序盤から相手の強くて速いボールを止められず、コーナーキックからテュラムに競り負けてゴールを許した。それでも板倉は食らいつき、攻撃の目を摘んだ。テュラムとのマッチアップでは当たり負けせずに前を向かせない。鋭く前にでてボールをカットし、試合には敗れたが世界のトップに対向する手応えを感じた。
手応えを確かなものにするために、板倉はオランダ国内リーグでチャレンジ。目立ったのは球際で前に出る姿勢。自分から攻める守備を行った。世界の屈強な選手たちと渡り合うために、板倉は体の管理にも力を注いでいる。食事の際に気にするのは栄養のバランスと量。ほうれん草や酢の物を率先して食べている。この日は10品を超える食べ物を注文した。食事に気を使うようになり体重は4年前と比べ5キロ以上増加。当たり負けしないフィジカルを目指している。まもなく開幕するW杯で優勝目標に掲げる森保ジャパン。自身のプレーだけでなく、ディフェンスを統率する役割も期待されている板倉は、近づきたい存在がいる。前回大会で、ディフェンスを率いたキャプテンの吉田麻也。守備の質を高めるだけでなく、チームの精神的な支柱にもなった。その姿を隣で見てきたが自身の役割を理解していた。
板倉のリーダーシップは新加入のアヤックスでも培われていた。ディフェンス陣では最年長の板倉。年下ばかりのチームメイトに自分から声をかけていた。板倉が出場した国内のリーグ戦では負けなしを誇る。所属チームでの成果が日本代表での復帰戦へ。25年の最終戦となったボリビアとの強化試合。板倉はディフェンスリーダーとして守備の意思疎通をはかる姿が際立った。パスを回す相手にプレッシャーをかけようと、ウイングバッグの菅原が最前線へ。釣り上げられた形になり、相手に縦に突破されそうになったが、板倉は直後に声をかけに向かい、守備のイメージを共有。およそ10分後に、同じように相手はボールを回すも菅原は上がらず。センターライン付近で味方の戻りを待ち、数的優位を作りボール奪取につなげ、ディフェンス陣の狙い通りのプレーだった。
ワールドカップイヤーを迎えた1月下旬。チームで先発を続けていた板倉が初めて途中出場となった。プレーしたのは30分ほどだった。次の試合から板倉は欠場。その後、試合に出ない状況が2か月以上続いた。チームからの発表はケガによる背中の痛みで、ヘルニアからくる神経の痛みが足にまで影響しているという。ワールドカップ前の3月のイギリス遠征にも代表選出は見送られた。3月末にイギリス遠征を締めくくる強化試合。日本は強豪のイングランドとの試合に臨んだ。イングランドは世界ランキング4位で、優勝を目標に掲げる森保ジャパンにとって、この試合は現在の実力をはかる試金石。日本は前半、先手をとり、三笘がボールを奪いゴールを決めた。日本選手が次々とゴールに迫る活躍をみせ、日本はイングランドに歴史的勝利をした。板倉はそのイングランド戦を自宅で見直していたが、自分が不在の代表で、センターバックに選出されたのは伊藤洋輝、谷口彰悟、渡辺剛の3人だった。先発全員がプレミアリーグに所属するイングランド。その攻撃にも体を張ったプレーでゴールをさせない。途中交代で出場したディフェンダーたちも続き、イングランドの猛攻を耐えきった。
1年前までは森保ジャパンの不動のセンターだった板倉。レギュラー争いは熾烈で、日本の勝利から4日後に板倉は久々に公式戦のベンチに入った。腰の痛みが消えて一週間前から本格的な練習ができるようになっていたという。この試合をイングランド戦を終えた森保監督が視察に訪れた。板倉の出場はなかったが本人とも面談し、コンディショニングについて話し合った。イギリス遠征から帰国した森保監督は、1ヶ月後の代表メンバーの発表までさらなる競争を求めていた。ワールドカップ開幕2か月前のこの日、板倉は77日ぶりに試合に復帰。球際で前に出てチームを統率し、戦う姿を見せた。4年前より一回り成長した板倉が戻ってきたが、チームのために全力で戦いたいと答えた。そしてW杯北中米大会に臨む代表メンバーが発表され、板倉代表に選出された。板倉はその直後に自身のSNSを更新し、大会への意気込みを投稿した。
板倉が所属しているのはアムステルダムに本拠地を置くオランダ一部のアヤックス。国内リーグ制覇は28回でヨーロッパチャンピオンリーグ制覇4回を誇る。チームは若手中心で経験豊富な29歳に大きな期待が寄せられるが、板倉がこのチームに加入したのはワールドカップまで一年を切るタイミング。サッカー人生で唯一とも言える苦い経験を払拭するためだという。川崎フロンターレの下部組織出身で19歳でJ1デビュー。出場機会を求め期限付き移籍したベガルタ仙台で頭角を現した。守備だけでなく、攻撃にも参加できセンターバックとしてレギュラーを獲得した。海外に挑戦したのは21歳の時。ヨーロッパのシーンで順調にステップアップし、ドイツのブンデスリーガでは主力にまで成長した。2019年に初めて日本代表初選出すると守備の要として、不可欠な存在に。しかし代表に選ばれて以降新たな目標を見つけられずにいた。
板倉が初めて大きな壁に直面したのは4年前の大会。22年のカタールW杯では各国のスターと真剣勝負を繰り広げた。世界屈指の強豪国のドイツやスペインなどと争った一次リーグ。板倉は全ての試合でフル出場した。 ドイツ戦では得意のロングフィードから決勝点を演出。日本の1位突破に貢献したと高い評価をうけた。しかし板倉の実感は正反対で、持ち味の1対1の局面で世界のトップ選手に勝てないと、高さでも無力さを感じたという。スペイン戦では中盤でボールを奪えると考え前に出た。狙い通りパスが来たが相手に素早くボールを受け取る体制を取られた。一歩遅れ、足を出すしかなく一次リーグで2枚目のイエローカード。累積警告で次の決勝トーナメント一回戦は出場停止になり、板倉不在の日本はベスト16で敗退した。
日本代表を勝たせる存在になりたいと板倉は、ブンデスリーガのチームからアヤックスへの移籍を決断した。その決めてとなったのはヨーロッパのクラブNo.1を決めるチャンピオンリーグに出場できること。世界のトップ選手がしのぎを削る舞台で磨いてきた自分の実力を試すため。移籍の翌月にチャンピオンリーグでプレーする機会が訪れた。相手は昨シーズン優勝したイタリア一部のインテル。フランス代表のフォワードのテュラムらと対峙。序盤から相手の強くて速いボールを止められず、コーナーキックからテュラムに競り負けてゴールを許した。それでも板倉は食らいつき、攻撃の目を摘んだ。テュラムとのマッチアップでは当たり負けせずに前を向かせない。鋭く前にでてボールをカットし、試合には敗れたが世界のトップに対向する手応えを感じた。
手応えを確かなものにするために、板倉はオランダ国内リーグでチャレンジ。目立ったのは球際で前に出る姿勢。自分から攻める守備を行った。世界の屈強な選手たちと渡り合うために、板倉は体の管理にも力を注いでいる。食事の際に気にするのは栄養のバランスと量。ほうれん草や酢の物を率先して食べている。この日は10品を超える食べ物を注文した。食事に気を使うようになり体重は4年前と比べ5キロ以上増加。当たり負けしないフィジカルを目指している。まもなく開幕するW杯で優勝目標に掲げる森保ジャパン。自身のプレーだけでなく、ディフェンスを統率する役割も期待されている板倉は、近づきたい存在がいる。前回大会で、ディフェンスを率いたキャプテンの吉田麻也。守備の質を高めるだけでなく、チームの精神的な支柱にもなった。その姿を隣で見てきたが自身の役割を理解していた。
板倉のリーダーシップは新加入のアヤックスでも培われていた。ディフェンス陣では最年長の板倉。年下ばかりのチームメイトに自分から声をかけていた。板倉が出場した国内のリーグ戦では負けなしを誇る。所属チームでの成果が日本代表での復帰戦へ。25年の最終戦となったボリビアとの強化試合。板倉はディフェンスリーダーとして守備の意思疎通をはかる姿が際立った。パスを回す相手にプレッシャーをかけようと、ウイングバッグの菅原が最前線へ。釣り上げられた形になり、相手に縦に突破されそうになったが、板倉は直後に声をかけに向かい、守備のイメージを共有。およそ10分後に、同じように相手はボールを回すも菅原は上がらず。センターライン付近で味方の戻りを待ち、数的優位を作りボール奪取につなげ、ディフェンス陣の狙い通りのプレーだった。
ワールドカップイヤーを迎えた1月下旬。チームで先発を続けていた板倉が初めて途中出場となった。プレーしたのは30分ほどだった。次の試合から板倉は欠場。その後、試合に出ない状況が2か月以上続いた。チームからの発表はケガによる背中の痛みで、ヘルニアからくる神経の痛みが足にまで影響しているという。ワールドカップ前の3月のイギリス遠征にも代表選出は見送られた。3月末にイギリス遠征を締めくくる強化試合。日本は強豪のイングランドとの試合に臨んだ。イングランドは世界ランキング4位で、優勝を目標に掲げる森保ジャパンにとって、この試合は現在の実力をはかる試金石。日本は前半、先手をとり、三笘がボールを奪いゴールを決めた。日本選手が次々とゴールに迫る活躍をみせ、日本はイングランドに歴史的勝利をした。板倉はそのイングランド戦を自宅で見直していたが、自分が不在の代表で、センターバックに選出されたのは伊藤洋輝、谷口彰悟、渡辺剛の3人だった。先発全員がプレミアリーグに所属するイングランド。その攻撃にも体を張ったプレーでゴールをさせない。途中交代で出場したディフェンダーたちも続き、イングランドの猛攻を耐えきった。
1年前までは森保ジャパンの不動のセンターだった板倉。レギュラー争いは熾烈で、日本の勝利から4日後に板倉は久々に公式戦のベンチに入った。腰の痛みが消えて一週間前から本格的な練習ができるようになっていたという。この試合をイングランド戦を終えた森保監督が視察に訪れた。板倉の出場はなかったが本人とも面談し、コンディショニングについて話し合った。イギリス遠征から帰国した森保監督は、1ヶ月後の代表メンバーの発表までさらなる競争を求めていた。ワールドカップ開幕2か月前のこの日、板倉は77日ぶりに試合に復帰。球際で前に出てチームを統率し、戦う姿を見せた。4年前より一回り成長した板倉が戻ってきたが、チームのために全力で戦いたいと答えた。そしてW杯北中米大会に臨む代表メンバーが発表され、板倉代表に選出された。板倉はその直後に自身のSNSを更新し、大会への意気込みを投稿した。
