日本は過去にも中東情勢が緊迫して石油の安定供給が焦点となる中、アメリカと難しい会談を重ねてきた。代表的なものが1973年。第1次石油危機のさなか、当時の田中角栄総理大臣とキッシンジャー国務長官の会談が行われた。第4次中東戦争が起こり、アラブの産油国はイスラエルを支援するアメリカなどに対し石油の禁輸措置を発動。日本も供給削減を突きつけられ、国内ではトイレットペーパーの買い占め騒動が起きた。当時の田中首相が「もし日本が米と同じような姿勢を続けて禁輸措置を受けたらアメリカは石油を回してくれるのか」という問い掛けに、キッシンジャー長官は難しいという認識を示した。これを受け、田中総理は日本は独自の外交方針を取らざるを得ないという考えを示したとされる。この後日本はアメリカの反対を押し切って中東政策をアラブ寄りに転換する官房長官談話を発表。今回は当時とは大きく状況が異なる。中東の対立構図は変化し、日本を取り巻く安全保障の環境が大きく変化。今回の日米首脳会談で、もしアメリカからホルムズ海峡へ艦船派遣を強く要求された場合、日本は難しい対応を迫られる展開も予想されていた。ホルムズ海峡がイランの管理下にある状況は変わらず、トランプ大統領は先程も、日本などについて「関与する必要がある」と述べている。
