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「ライムスター」 のテレビ露出情報

ジャンルを超えて絶大な信頼を得ていたDJの評価と圧巻のライブフォーマンスで瞬く間に日本全国の音楽ファンを虜にしたTHA BLUE HERBは、1999年にヒップホップ専門誌から初めて単独の取材を地元の札幌でうけた。その紙面の中でBOSSは中央で活躍するアーティストと比較することで自らのプレゼンスを示すと語っている。BOSSは当時の心境にやっと自分にマイクが渡ってきたと思ったという。紙面に名指しで標的になったのは、ライムスターとYOU THE ROCK★だった。この雑誌でのBOSSの一言が引き金になりTHA BLUE HERBとライムスターの侮辱は批判の応酬のビーフと呼ばれる因縁が始まった。Mummy-Dは当時、THA BLUE HERBが自分たちを批判していることに晴天の霹靂だったという。まず楽曲で口火をきったのはライムスター。誰も成功していない中で、若さゆえの殺伐とした雰囲気ががラッパーたちに流れていたという。2001年に発売された噂の真相の中でライムスターは様々な形容を使って随所にTHA BLUE HERBをほのめかして挑発していた。
2002年にTHA BLUE HERBは2ndアルバムのTOTALの中の曲中にMummy-Dの歌詞を引用してライムスターにアンサーを返した。Mummy-Dはその出来事に自分は聴かないようにしていたが、周囲が言ってくる状態だったという。このビーフは一度切りのやり取りで終わり、日本のヒップホップシーンで神話的に長く語り継がれることになるという。これ以降、THA BLUE HERBとライムスターはアンダーグラウンドとメジャーという両極端の道を歩んでいくことに。
BOSSはラップは自分の人生であり、曲を書き続けないとぜんぜん違うものになるという。昔、今歌っていることで楽しめるのがヒップホップだという。R-指定はTHA BLUE HERBについて、周囲がアメリカから輸入されたラップをなぞる中で自分たちですべきことをしていたと語った。

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