カリフォルニア大学ロサンゼルス校にオーシャニック・グループのビジネスの痕跡が保管されている。新井領一郎が残した手紙にはビジネスに奮闘する様子が記されていた。ビジネス成功の手応えを掴み始めた頃、佐藤百太郎がアメリカ人女性と婚約したと知る。この時のことを新井は「結婚することになれば、親族・荷主などからの評価は下がり、信用を失ってしまうことは明らか」と手紙に記している。国際結婚の歴史に詳しい竹下修子さんによると、当時の国際結婚は極めて珍しく、明治初期の結婚は旧士族などを中心に家意識が強く家柄が釣り合う者同士の見合い結婚が主流だったため、受け入れ難いことだったと推測できるという。さらに、事業の失敗により、佐藤の巨額の負債が明らかになった。佐藤は責任を取り、急遽日本に帰国。グループから離れることになった。
