2026年6月29日放送 19:57 - 20:42 NHK総合

大追跡グローバルヒストリー
ニューヨーク 謎のビジネスマンを追う

出演者
上田晋也 劇団ひとり 河北麻友子 前田裕二 
(オープニング)
オープニング
オープニングトーク

オープニングの挨拶。ゲストは劇団ひとり・前田裕二・河北麻友子。今回の舞台はニューヨーク。河北は16歳までニューヨークに住んでいたという。

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アラスカ(アメリカ)ニューヨーク(アメリカ)
File07 ニューヨーク 謎のビジネスマンを追う
謎のビジネスマン サトウモモタロウを追う

ニューヨーク公共図書館である史料を発見。1870年代後半のニューヨークの企業名簿に「サトウ・モモタロウ」「フロントストリート97番地」という情報が載っていた。その住所を訪ねると、そこはマンハッタン南部の高層ビルに囲まれたビジネス街の一角だった。近年建てられたビルが多く、サトウの店の形跡は見当たらなかった。歴史研究者のダニエル・H・イノウエさんによると、サトウ・モモタロウはアメリカへの直接輸出を切り開いた人物。開国から間もないこの頃、アメリカと不平等な条約を結んでいた日本。輸出は横浜などに住む外国商人を頼らざるを得なかった。外国商人はたびたび不当な価格や手数料を要求。しかし、彼らと対等に交渉できる日本人はほとんどいなかった。そんな状況下でサトウはアメリカへの直接の輸出を実現させたという。

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ニューヨーク公共図書館マーク・トウェイン佐藤百太郎
グローバルヒストリークイズ

グローバルヒストリークイズ「ニューヨークで大ブーム!サトウゆかりのものとは?」。正解は「日本茶」。

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ニューヨーク(アメリカ)ワールド・ベースボール・クラシック(2026年)佐藤百太郎大谷翔平
NYで活躍した初の日本人ビジネスマン

幕末、医師の家系に生まれた佐藤百太郎は、10代前半でアメリカに留学し、語学が堪能だった。その後、サトウはあの岩倉使節団の通訳を担い、アメリカとの交渉に同行していた。サトウは交渉失敗経験から、最先端のビジネスを学ぶため、アメリカの大学に飛び込む。そして、22歳の時、ニューヨークの1等地に日本雑貨を扱う店をオープンさせた。

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NYで活躍した初の日本人ビジネスマン/150年前 米国ビジネスの心得

劇団ひとりは佐藤百太郎について「早熟すぎませんか?」などとコメント。1856年に出版されたビジネスマンの心得などがまとめられた書物には「自分のビジネスは自分で見ろ、他人任せにするな」「時計は10分早めに」「メモを常に持ち歩き、どんなささいなことでも書き留めよ」などと書かれていて、当時のアメリカのビジネスマンの様子が窺える。

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Worth and Wealthニューヨーク(アメリカ)佐藤百太郎
日米ビジネスの開拓者 次なる作戦とは

東京の国立公文書館にも佐藤百太郎に関する史料があった。史料には「ニューヨークで商業を開始した者たちに彼の指導を受けなかった者はいない」と書かれていた。1875年、日本に一時帰国した佐藤は福沢諭吉の元を訪ねていた。佐藤はアメリカに挑戦する若者を募集することにした。条件は「英語と商業に通じていること」「高額の旅費を準備できること」。集まったのは、生糸の新井領一郎、雑貨の鈴木東一郎と森村豊、美術骨董の伊達忠七、茶の増田林蔵。1876年3月、一行はオーシャニック号でアメリカへ。彼らはオーシャニック・グループと呼ばれた。

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グローバルヒストリークイズ

グローバルヒストリークイズ「ニューヨークで大人気!森村ゆかりの“製品”とは?」。正解は「温水洗浄トイレ」。

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ニューヨーク(アメリカ)森村豊
NYに挑んだオーシャニック・グループを追う

カリフォルニア大学ロサンゼルス校にオーシャニック・グループのビジネスの痕跡が保管されている。新井領一郎が残した手紙にはビジネスに奮闘する様子が記されていた。ビジネス成功の手応えを掴み始めた頃、佐藤百太郎がアメリカ人女性と婚約したと知る。この時のことを新井は「結婚することになれば、親族・荷主などからの評価は下がり、信用を失ってしまうことは明らか」と手紙に記している。国際結婚の歴史に詳しい竹下修子さんによると、当時の国際結婚は極めて珍しく、明治初期の結婚は旧士族などを中心に家意識が強く家柄が釣り合う者同士の見合い結婚が主流だったため、受け入れ難いことだったと推測できるという。さらに、事業の失敗により、佐藤の巨額の負債が明らかになった。佐藤は責任を取り、急遽日本に帰国。グループから離れることになった。

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河北麻友子の高祖父は河北義次郎で、オーシャニック・グループと同時代に海外で活躍した人物。松下村塾で吉田松陰に学び、イギリスに留学。サンフランシスコ領事など外交官として活躍した。

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困難に立ち向かうグループの生糸商人

アメリカ・バークレーには新井領一郎のひ孫が暮らしている。新井がビジネスで使った遺品を数多く保管している。佐藤百太郎と立ち上げた生糸ビジネスを存続させるため奮闘していた新井。ひ孫たちには働き詰めの毎日だったと伝わっている。当時、急速な経済発展を遂げるアメリカでは衣服の消費も右肩上がり。原料となる生糸の需要も高まっていた。新井は、当時としては世界最大規模の売上を誇った絹織物の製造会社を経営していたウィリアム・スキナーに日本の生糸を売り込んだ。当時の日本の生糸には品質の低いものもあり、スキナーからは「ガラクタなどいらない、出ていけ」と一蹴されてしまった。新井は急いで日本に手紙を送り、新たな生糸の開発へと動かした。後に、スキナーから契約を勝ち取った新井。その生糸を使ったさまざまな衣類がニューヨーク中に広まっていった。1910年代に入ると、アメリカでの日本産生糸のシェアは7~8割を占めるまでになっていったという。

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時を越えた思い 日米のかけ橋に

劇団ひとりは「日本の生糸が粗悪品とされていたのが意外」などとコメントした。

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佐藤百太郎率いるオーシャニック・グループがニューヨークの貿易を切り開いて150年。グループの1人・新井領一郎が設立に関わったジャパン・ソサエティ。たびたびイベントが開かれ、日本人とニューヨーカーの親睦の場になっている。現在、ニューヨークに進出している日本企業は650以上。

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(エンディング)
エンディング

エンディング映像。

(番組宣伝)
ミッドナイトタクシー

ミッドナイトタクシーの番組宣伝。

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