アメリカ・バークレーには新井領一郎のひ孫が暮らしている。新井がビジネスで使った遺品を数多く保管している。佐藤百太郎と立ち上げた生糸ビジネスを存続させるため奮闘していた新井。ひ孫たちには働き詰めの毎日だったと伝わっている。当時、急速な経済発展を遂げるアメリカでは衣服の消費も右肩上がり。原料となる生糸の需要も高まっていた。新井は、当時としては世界最大規模の売上を誇った絹織物の製造会社を経営していたウィリアム・スキナーに日本の生糸を売り込んだ。当時の日本の生糸には品質の低いものもあり、スキナーからは「ガラクタなどいらない、出ていけ」と一蹴されてしまった。新井は急いで日本に手紙を送り、新たな生糸の開発へと動かした。後に、スキナーから契約を勝ち取った新井。その生糸を使ったさまざまな衣類がニューヨーク中に広まっていった。1910年代に入ると、アメリカでの日本産生糸のシェアは7~8割を占めるまでになっていったという。
住所: 京都府京都市右京区山ノ内五反田町18
URL: https://www.kuas.ac.jp/
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