今年は戦後80年。中国では旧日本軍が残した化学兵器が今でも見つかっている。マスタードガス、ルイサイトといった毒ガス兵器は猛烈な炎症を引き起こすことで知られ、マスタードガスはシリアの内戦などでも使われたとされている。日本政府は「化学兵器禁止条約」に基づき2000年から中国で回収と処理を進めていて、2024年度末までに5200億円余をかけ15万4000発を回収。改修前に現地の人が毒ガス兵器に触れ健康被害が出る事故が2000年代に相次ぎ、日本政府は”少なくとも50人以上が被害に遭った”としている。被害者と支援する日本のNPOを取材した。
日本軍が残した毒ガス兵器の被害者の支援を続ける日本のNPOは先月、中国東北部の黒竜江省で検診を実施した。男性は肺気腫と診断された。黒竜江省チチハルでは2003年8月、工事現場で見つかったドラム缶を移動させるなどした1人が死亡、43人が皮膚のただれや呼吸器障害などを訴えた。ドラム缶には旧日本軍が残したマスタードガスなどが入っていた。事故の被害者の男性はドラム缶をトラックで運ぼうとして異変を感じたという。日本政府は毒ガス兵器の処理費用名目で中国側に3億円を支払い中国側が被害者に分配した。後遺症などで仕事が続けられず妻に頼る生活が20年余続いているという男性は「入院する金がない」と話した。
被害者の支援を続けるNPOメンバー・南典男弁護士は2007年、被害者が日本政府に損害賠償を求めた裁判で原告側の弁護を担当。2014年”現場に毒ガス兵器が遺棄されていることを予見できたとは認めがたい”などとして最高裁で敗訴が確定した。敗訴をきっかけに南氏は被害者への医療支援を継続するため民間の基金とNPOを設立。寄付をもとに被害者の定期的な健康診断や薬代の補助を続けてきた。しかし新型コロナウイルスの影響で被害者支援を一時中断。去年10月、南氏らは5年ぶりに中国を訪問し、被害者から支援中断期間の症状の変化を聞き取った。ドラム缶を運ぼうとして事故にあった男性のもとも訪ね日本からの薬や薬代を手渡した。南氏は「被害車にとって(5年間は)非常に大きな空白だったと感じた。ささやかな一歩。絶対二度と戦争をしてはいけない」と語った。
今も後遺症などで苦しむ人々。日本政府は今も中国での旧日本軍が残した毒ガス兵器の回収と処理を続けていて”どこにどれだけ残されているかという記録は少なく偶発的に見つかることもある。中国全土での処理の終了期間は見通しがついておらずこれからも続けていく”とコメント。
日本軍が残した毒ガス兵器の被害者の支援を続ける日本のNPOは先月、中国東北部の黒竜江省で検診を実施した。男性は肺気腫と診断された。黒竜江省チチハルでは2003年8月、工事現場で見つかったドラム缶を移動させるなどした1人が死亡、43人が皮膚のただれや呼吸器障害などを訴えた。ドラム缶には旧日本軍が残したマスタードガスなどが入っていた。事故の被害者の男性はドラム缶をトラックで運ぼうとして異変を感じたという。日本政府は毒ガス兵器の処理費用名目で中国側に3億円を支払い中国側が被害者に分配した。後遺症などで仕事が続けられず妻に頼る生活が20年余続いているという男性は「入院する金がない」と話した。
被害者の支援を続けるNPOメンバー・南典男弁護士は2007年、被害者が日本政府に損害賠償を求めた裁判で原告側の弁護を担当。2014年”現場に毒ガス兵器が遺棄されていることを予見できたとは認めがたい”などとして最高裁で敗訴が確定した。敗訴をきっかけに南氏は被害者への医療支援を継続するため民間の基金とNPOを設立。寄付をもとに被害者の定期的な健康診断や薬代の補助を続けてきた。しかし新型コロナウイルスの影響で被害者支援を一時中断。去年10月、南氏らは5年ぶりに中国を訪問し、被害者から支援中断期間の症状の変化を聞き取った。ドラム缶を運ぼうとして事故にあった男性のもとも訪ね日本からの薬や薬代を手渡した。南氏は「被害車にとって(5年間は)非常に大きな空白だったと感じた。ささやかな一歩。絶対二度と戦争をしてはいけない」と語った。
今も後遺症などで苦しむ人々。日本政府は今も中国での旧日本軍が残した毒ガス兵器の回収と処理を続けていて”どこにどれだけ残されているかという記録は少なく偶発的に見つかることもある。中国全土での処理の終了期間は見通しがついておらずこれからも続けていく”とコメント。
