ルソン島北部ビガンでは、龍窯と呼ばれる登り窯で壺が作られている。ルーツは中国。スペイン統治以前から中国との交易が行われていた。日本の商人たちがルソン壺に目をつけたのには理由があった。当時、茶の湯の席で最も珍重されていたのは唐物と呼ばれる中国製の茶器。しかしこの時代、中国・明王朝は海賊の取り締まりのため日本との貿易を禁止。そのため、日本で中国の壺を手に入れることはできなかった。しかし、フィリピンには唐物の壺が大量に眠っていたのだ。立花宗茂のルソン壺にも商人たちの目利きの証しが。中国・明で作られた壺に付けられる特徴的な印を手掛かりに、古く価値のある壺を探し出していた。ルソン壺を売り込むため、商人たちが手を組んだのが秀吉だった。
