延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さんは52歳。荒行「比叡山千日回峰」に挑む。のべ1000日、7年にわたり山の峰々を歩き回り修行する。1日40km、病気やケガでも休めない。決められた装束で出発。回峰行は「歩行禅」ともいわれる。平安初期に相応和尚が始めたとされる。40kmの回峰中、260か所で礼拝を行う。総歩行距離は地球1周分と同じ4万km、これまでの400年で成功させた僧はわずか40人余り。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。これをやると決意したのは49歳のとき。その日は亡くなった妻の命日。千日回峰行には「途中で失敗すれば死ね」という厳しい不文律がある。戦時中は予科練で過ごし、戦後は東京で闇ブローカーやセールスマンなど様々な仕事を転々としていた。結婚後まもなく妻が自殺したことをきっかけに出家。当時40歳。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。比叡山には延暦寺の堂が多数点在。1年間にこの山を訪れる人は500万人。天台宗の住職には最低60日、行院で修行を積む。かつて酒井さんはこれを120日間続けた。この1年は米の飯を食べていない。断食に備え、食べているのは1日2食、うどん・豆腐・ジャガイモだけ。睡眠は1日3時間。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。比叡山は1山の広さ2000ヘクタール、大半が自然林。修行を始めてすぐに頭に浮かんでいたのは予科練時代の友の顔。500日をすぎた今、もう過去のことは頭にない。きょう一日無事に過ごせるかどうかだけが気になるという。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。7月の「葛川夏安居」は年に一度回峰行者たちが集まる行事。創始者・相応和尚にちなんだ催しが1000年以上受け継がれてきた。この日修行で訪れたのは酒井さんが出家して初めて入った寺・霊仙院。当時40歳すぎ。6年間をこの寺で過ごした。修行中は毎晩必ずお茶が出される。10月、10年前に千日回峰を成し遂げた光永澄道に率いられ京都の街を一巡。千日回峰では100日に1日、このような他人のための修行をする。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。初めの3年間は毎年100日ずつ山を歩き、4年目からは200日になる。5年を終えると「堂入り」という1つの節目。10月、700日を終えた酒井さんはその儀式を行った。これからの9日間は一切の水・食べ物を絶ち、眠ることも体を横にすることも許されない。この前年にはいたわらじは計200足。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。10月、700日を終えた酒井さんは「堂入り」の儀式を行った。これからの9日間は一切の水・食べ物を絶ち、眠ることも体を横にすることも許されない。この間に外気に触れるのは1日に一度だけ。真夜中、仏に供える水を井戸に汲むときである。堂から井戸まで200m。初日は15分で済んだが、3日目は30分近くかかった。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。10月、700日を終えた酒井さんは「堂入り」の儀式を行った。これからの9日間は一切の水・食べ物を絶ち、眠ることも体を横にすることも許されない。この期間中は40分の勤行を1日に3度行い、あとはひたすら不動真言を唱え続ける。9日目、最後の取水。前夜から徹夜で詰めかけていた信者たちが見守る。堂を出る儀式で口にするのは一口の薬湯。これを終え阿闍梨の称号を得た。阿闍梨とは梵語で高僧のこと。酒井さんは「仏様のご加護でここまで来られた」「感謝するだけじゃなく、この気持ちで一生懸命みんなのために拝み倒していく」と話した。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。9日間の不眠不休・断食を終え阿闍梨となり、再び歩き始める。この年は1日60kmを100日、次の年は80kmを100日、そしてさらに40kmを100日。行はまだ終わっていない。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。これをやると決意したのは49歳のとき。その日は亡くなった妻の命日。千日回峰行には「途中で失敗すれば死ね」という厳しい不文律がある。戦時中は予科練で過ごし、戦後は東京で闇ブローカーやセールスマンなど様々な仕事を転々としていた。結婚後まもなく妻が自殺したことをきっかけに出家。当時40歳。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。比叡山には延暦寺の堂が多数点在。1年間にこの山を訪れる人は500万人。天台宗の住職には最低60日、行院で修行を積む。かつて酒井さんはこれを120日間続けた。この1年は米の飯を食べていない。断食に備え、食べているのは1日2食、うどん・豆腐・ジャガイモだけ。睡眠は1日3時間。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。比叡山は1山の広さ2000ヘクタール、大半が自然林。修行を始めてすぐに頭に浮かんでいたのは予科練時代の友の顔。500日をすぎた今、もう過去のことは頭にない。きょう一日無事に過ごせるかどうかだけが気になるという。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。7月の「葛川夏安居」は年に一度回峰行者たちが集まる行事。創始者・相応和尚にちなんだ催しが1000年以上受け継がれてきた。この日修行で訪れたのは酒井さんが出家して初めて入った寺・霊仙院。当時40歳すぎ。6年間をこの寺で過ごした。修行中は毎晩必ずお茶が出される。10月、10年前に千日回峰を成し遂げた光永澄道に率いられ京都の街を一巡。千日回峰では100日に1日、このような他人のための修行をする。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。初めの3年間は毎年100日ずつ山を歩き、4年目からは200日になる。5年を終えると「堂入り」という1つの節目。10月、700日を終えた酒井さんはその儀式を行った。これからの9日間は一切の水・食べ物を絶ち、眠ることも体を横にすることも許されない。この前年にはいたわらじは計200足。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。10月、700日を終えた酒井さんは「堂入り」の儀式を行った。これからの9日間は一切の水・食べ物を絶ち、眠ることも体を横にすることも許されない。この間に外気に触れるのは1日に一度だけ。真夜中、仏に供える水を井戸に汲むときである。堂から井戸まで200m。初日は15分で済んだが、3日目は30分近くかかった。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。10月、700日を終えた酒井さんは「堂入り」の儀式を行った。これからの9日間は一切の水・食べ物を絶ち、眠ることも体を横にすることも許されない。この期間中は40分の勤行を1日に3度行い、あとはひたすら不動真言を唱え続ける。9日目、最後の取水。前夜から徹夜で詰めかけていた信者たちが見守る。堂を出る儀式で口にするのは一口の薬湯。これを終え阿闍梨の称号を得た。阿闍梨とは梵語で高僧のこと。酒井さんは「仏様のご加護でここまで来られた」「感謝するだけじゃなく、この気持ちで一生懸命みんなのために拝み倒していく」と話した。
1000日間にわたり山の峰々を歩き回り修行する荒行「比叡山千日回峰」に挑む延暦寺宝珠院の住職・酒井雄哉さん。9日間の不眠不休・断食を終え阿闍梨となり、再び歩き始める。この年は1日60kmを100日、次の年は80kmを100日、そしてさらに40kmを100日。行はまだ終わっていない。
