昭和初期からは戦争の時代に突入。小松崎茂は兵器へ憧れを抱き、スケッチブックには軍艦や飛行機などの絵がどんどん増えてく。師匠に咎められても描いていたが、もっと自由に描ける場所はないかと、1935年に挿絵画家の小林秀恒に弟子入し昭和13年に挿絵画家としてデビューを果たす。その名を一気に高めたのは国防科学雑誌の機械化の図解。茂は未来兵器のイラストや、精密な図解を手がけ、兵器のイラストといえば小松崎という確たる地位を得る。戦争が終わり、焼け野原で、茂が目にしたのは進駐軍の兵士に群がり、食べ物をねだる子ども達の姿。そんな子ども達を励ましたいと考えた。そして描いたものに魅了されたのは松本零士や石ノ森章太郎。