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「南方第12陸軍病院」 のテレビ露出情報

日本軍の補給と兵站を蔑ろにしたインパール作戦で5万人の兵士が犠牲となり、太平洋の戦線でも戦況は悪化した。アメリカ軍は日本軍への進撃を開始し、昭和19年9月に空母部隊がマニラ湾の輸送船団を強撃した。当時16歳という最年少の看護婦だった木村美喜さんや川崎啓子さん、奥村モト子さんらは負傷兵の惨状を目の当たりにした。昭和20年1月にアメリカ軍がルソン島に上陸し、南方第12陸軍病院一帯は激しい爆撃に見舞われた。報告書では筆舌に尽くし難い死傷者数を出したといい、防空壕に避難していた川崎さんは病気で入院していた仲間の看護師を失った。皮膚片などは壁に飛散し、川崎さんは一緒に避難させるべきだったと後悔している。
日本軍はルソン島北部に撤退を開始し、各地の兵站病院も軍とともに移動するように命じられた。重症患者とともに看護婦達が逃げ延びた場所は使われなくなった金鉱山の坑道で、多くの兵士が死亡していく中で看護婦達は悲しみといった感情を押し殺して看護に当たった。一方でミャンマーでは日本軍は壊滅状態にあり、後方と位置づけられていた兵站病院のある地域が最前線と化した。防空壕で頼藤ツルさんは戦車や爆撃といった轟音を聞くなか、死んでも捕虜にはならないという覚悟だった。

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