トヨタ自動車からの依頼でCGを作っていたのは永冨士陸玖さん。他にも日本マクドナルドなど名だたる企業からオファーが絶えないクリエイター。しかし中学2年で不登校になった。当時の永冨士さんは家では話せても、人前にでると話せなくなる場面緘黙症と診断された。東京大学の中邑賢龍さんは新しい学校を作った。選ばれたのは物理、生物、芸術などの特定の分野で突き抜けた才能をもった子どもたち。障害があったりいじめを受けたりなどほとんどの子は不登校だという。彼らの才能を潰さず世界のトップランナーを育てる。日本財団の支援の元始まった試みが異彩発掘プロジェクトのROCKETだった。小学6年生の濱口瑛士くんは学校には行かず、一度絵を描き始めると寝ることも食べることもしないという。一日に100枚書くこともあった。緻密なタッチで描かれる空想の世界。ただその絵には決して人は登場しない。
瑛士くんは小学校でいじめをうけていた。友達は一人もおらず、自閉スペクトラム症を持っており、コミュニケーションがわかっていないという。普通に身につくはずの常識も、クリニックで一つずつ覚えていく。そんな瑛士くんを変えたのは東京大学のプロジェクト。ここでは突き抜けたどうかが問われる。北海道で馬を乗りこなし鹿の角を探す、高知県の限界集落で幻のお茶づくりに挑む、知らない世界に触れて内面を深める学びの場があった。海外研修で訪れたある場所は瑛士くんの絵に変化をもたらした。ナチス・ドイツが行ったアウシュビッツでの大量虐殺の収容所。数々の遺品や、囚人を餓死させた牢獄。そこで主人の身代わりとなった神父の話を聞いた。研修を終えた瑛士くんに変化があり、人間とはどういうものか?と考え、人間を描くことにしたという。表したのは人間の残酷さ。そして、人間の良心。人が持つ二つの顔だった。人を描くkとで一歩踏み出した瑛士くんは苦手だった人前にも出ていくようになったが、異彩の少年画家として活躍していく。
23歳になった瑛士さんは悩んでいた。絵本の挿絵を描いていたが、注文通りに個性を消してわかりやすく描く、そんな仕事が中心になっていた。気がつくと作風がかわり、画家としての依頼が減っていた。仕事を探し母のつてを頼った。立ち止まったままの瑛士さんだが、かつてその才能を見出した異彩発掘プロジェクトのROCKETも2021年に幕を下ろしていた。中邑さんは突き抜けた才能があった方がいいとしていたが排除することをやってしまっていて自己矛盾に陥ったという。今は才能にとらわれず誰もが参加できる学びの場を作っているという。ROCKETのメンバーだった甲斐潤樹くんは、サンショウオの研究が大学教授飲めに留まり、小学6年生の頃は論文を完成させた。20歳になった甲斐さんは大学で海洋生物を学んでいる。今も生き物に夢中だというが、プロジェクトで突き抜けたことが出来たからこそ、今があるという。他にも多くの子どもたちが好きなことを貫いていた。
瑛士さんが訪ねたのは、かつてROCKETで自分の絵を見てもらっていた恩師。恩師は瑛士さんに自分らしい絵を描く方が良いと伝えると、瑛士さんはキャンバスに向かい始めた。あの頃のように好きな絵を描こうと決めた。大好きな祖母を亡くしたばかりの瑛士さん。その寂しさと、未来に立ち尽くす自分自身を描いた。初めて絵に内面を込めた。
瑛士くんは小学校でいじめをうけていた。友達は一人もおらず、自閉スペクトラム症を持っており、コミュニケーションがわかっていないという。普通に身につくはずの常識も、クリニックで一つずつ覚えていく。そんな瑛士くんを変えたのは東京大学のプロジェクト。ここでは突き抜けたどうかが問われる。北海道で馬を乗りこなし鹿の角を探す、高知県の限界集落で幻のお茶づくりに挑む、知らない世界に触れて内面を深める学びの場があった。海外研修で訪れたある場所は瑛士くんの絵に変化をもたらした。ナチス・ドイツが行ったアウシュビッツでの大量虐殺の収容所。数々の遺品や、囚人を餓死させた牢獄。そこで主人の身代わりとなった神父の話を聞いた。研修を終えた瑛士くんに変化があり、人間とはどういうものか?と考え、人間を描くことにしたという。表したのは人間の残酷さ。そして、人間の良心。人が持つ二つの顔だった。人を描くkとで一歩踏み出した瑛士くんは苦手だった人前にも出ていくようになったが、異彩の少年画家として活躍していく。
23歳になった瑛士さんは悩んでいた。絵本の挿絵を描いていたが、注文通りに個性を消してわかりやすく描く、そんな仕事が中心になっていた。気がつくと作風がかわり、画家としての依頼が減っていた。仕事を探し母のつてを頼った。立ち止まったままの瑛士さんだが、かつてその才能を見出した異彩発掘プロジェクトのROCKETも2021年に幕を下ろしていた。中邑さんは突き抜けた才能があった方がいいとしていたが排除することをやってしまっていて自己矛盾に陥ったという。今は才能にとらわれず誰もが参加できる学びの場を作っているという。ROCKETのメンバーだった甲斐潤樹くんは、サンショウオの研究が大学教授飲めに留まり、小学6年生の頃は論文を完成させた。20歳になった甲斐さんは大学で海洋生物を学んでいる。今も生き物に夢中だというが、プロジェクトで突き抜けたことが出来たからこそ、今があるという。他にも多くの子どもたちが好きなことを貫いていた。
瑛士さんが訪ねたのは、かつてROCKETで自分の絵を見てもらっていた恩師。恩師は瑛士さんに自分らしい絵を描く方が良いと伝えると、瑛士さんはキャンバスに向かい始めた。あの頃のように好きな絵を描こうと決めた。大好きな祖母を亡くしたばかりの瑛士さん。その寂しさと、未来に立ち尽くす自分自身を描いた。初めて絵に内面を込めた。
