大分県のポツンと一軒家を訪れ、主の光子さんに話を聞いた。78年前に建て替えた母屋にあげてもらった。光子さんは5人姉妹の長女で、夫は婿養子だった。平成24年に胃がんで亡くなった。同じ集落で、親の勧めで結婚した。家には息子が安否確認のために設置したカメラがあった。玄関は元々竈や籾箱のある土間で、奥までつながっていた。現在光子さんの寝室になっている玄関横は、昔炭俵を編む仕事場として使っていた。光子さんの母は58歳で亡くなったため、中学を出ると家を手伝って母親の代わりをしていた。電気がなかったためランプで生活しており、灯油は一升瓶で購入していた。その後役所が風力発電の風車を立てたが、あまり風が吹かないため発電量は足りなかった。その後昭和42年に電気が通った。光子さんの父は農家をやりながらい林業や炭焼きをしていた。光子さんは生後20日の子猫を見せてくれた。飼っている猫が気づいたら炬燵の中で生んでいたという。台所の隣にはお風呂を増築していた。光子さんは6年前に心筋梗塞と肺気腫を発症し、集中治療室で3日間生死の境をさまよった。今年米寿を迎え今も1人暮らしを続ける光子さんについて、豊さんは麓に引っ越してもらおうとしても家を出るのを嫌がると話した。
