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「大林組」 のテレビ露出情報

2500万人以上が訪れた大阪・関西万博。大屋根リングは多くの人の記憶に残る風景となった。リングの足元を支えていたのが幾層にも板を重ねられた集成材。福島・浪江町は15年前に起きた東日本大震災と原発事故で甚大な被害を受けた。原発から約10キロ圏内に位置し、町の大半は今も帰還困難区域に指定されている。そんな町の一角の避難指示が解除された地域に真新しい木材加工場が建っている。木材加工場の責任者・朝田英洋さん。敷地は東京ドーム2個分。5年前に建てられたこの工場。国内最大級の設備を備え、大屋根リングを支える集成材の多くを生み出した。集成材を製造する上で最も重要なのが接着作業。高周波を当てて木材を内部から加熱し、熱と圧力で一気に固めていく。高い強度を持つことから、日本でも集成材を使った建築が次々と建てられるようになってきた。そのニーズは年々急速に高まりを見せている。この工場では需要の増加に応えるため、年間1万トンもの集成材を生み出す量産体制を築いている。その中心にいるのが責任者・朝田英洋さん、浪江町で110年以上続く製材会社の4代目。震災直後は何も考えられない状態だったという。避難指示が解除され、ようやく浪江町に戻ることができたのは震災から3年後。浪江町には7軒ほど製材関係の会社があったが、半分以上が廃業。会社も地元も守っていきたいと思い、戻ってきたという。元々林業が盛んだった浪江町の森。しかし、震災後は放射線量が高く、立ち入ることすらできなかった。朝田英洋さんは福島県内の安全が確認された地域から集め続けた。1年後、ようやく営業再開にこぎつけた。しかし、お客さんから「福島の木はいらない」と言われた。それでも諦めず、震災から10年後に国の支援を受け、地元企業と共同で新工場を立ち上げた。最新鋭の製造ラインを導入、大量の集成材を生み出す体制を整えた。その矢先に舞い込んだのが大屋根リングの仕事。仕事を引き受けるにあたり、朝田英洋さんには譲れないこだわりがあった。絶対に地元の木を使って作りたいと強く思っていたという。朝田英洋さんは一般的な放射線検査よりもさらに厳しい基準値を設定。原木から製材した材木まで、1つ1つ検査していった。そして、大屋根リングは朝田英洋さんが福島から送り出した木によって形作られていった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年7月13日放送 18:10 - 19:00 NHK総合
首都圏ネットワーク(ニュース)
西日本を中心に猛烈な暑さとなっている日本列島。暑さがあすは関東にもやって来る見込み。あす日中の最高気温は埼玉県熊谷市や前橋市で36度などと予想されている。今月上旬、熱中症の疑いで搬送された79歳男性は近くのコンビニエンスストアに歩いて移動したあと突然倒れた。大手ゼネコンの大林組は今月から一部を除いて全国で作業の開始時間を前倒ししているほか作業時間を短縮。また[…続きを読む]

2026年7月13日放送 12:15 - 12:20 NHK総合
ニュース(関東)(ニュース)
大手ゼネコンの大林組では今月から一部を除き工事現場で作業開始時間を前倒しするほか1日の作業時間を短縮する取り組みを始めた。水門などの改築工事を行う千葉・市川の現場では1日7時間を作業に充てていたがきょうから5時間と2時間短縮し熱中症リスクが高まる時間帯を避けるため午後1時半に切り上げるということ。ほかにも対策として50分作業で10分の休憩、心拍数などを測定し[…続きを読む]

2026年5月13日放送 5:45 - 7:05 テレビ東京
Newsモーニングサテライト(エンディング)
米中首脳会談に向けて市場はイラン協議が進むのではないかという期待感も広がっている。森田は「分かったうえでトランプ大統領は牽制している。企業トップなども連れて行って、貿易問題で中国にタフな態度を示す反面、ビジネスもやりたいという本音もある。その中でイラン情勢は中国側にとってもカードになっているので、どういう切られ方をするのか」、福永は過熱感や買い疲れについて「[…続きを読む]

2026年4月22日放送 22:00 - 22:58 テレビ東京
ワールドビジネスサテライトWBS NEXTテック
ヒューマノイドロボットの世界市場(出所・富士経済)は2035年には市場規模が3兆5000億円になると予想。トンネル工事で岩肌に開けた穴に火薬を詰めるのは基本的には手作業。安全性を高めるために大林組などが開発を進めているのが自動火薬補填ロボットで特別な機能、触覚が備わっている。大林組と共同研究を進める慶應義塾大学・野崎准教授は「遠隔地で触った物体の硬さなどを数[…続きを読む]

2026年4月22日放送 1:25 - 2:10 NHK総合
ザ・ライフ(ザ・ライフ)
熊本地震で崩壊を免れた飯田丸五階櫓は、奇跡の一本石垣と呼ばれた。大林組の土山元治さんにインタビュー。2016年6月上旬、飯田丸五階櫓の仮受構台が作られた。2016年7月21日、仮受構台が移動中に傾いたため、ジャッキアップが行われた。

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