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「大正天皇」 のテレビ露出情報

日本中で大みそかに除夜の鐘を鳴らすようになったのは、NHKが目玉番組にしたから。神奈川大学の平山さんに話を聞く。除夜の鐘は昭和に入ってから始まった慣習だという。起源は中国の禅寺で鬼をはらうため毎月末に108回鐘をついていたというもので、除夜の鐘が日本に伝わったのは鎌倉時代。一部の禅寺で除夜の鐘が行われていたが、大正時代終わりまで庶民には浸透しなかったという。それが全国に浸透するようになったきっかけは、NHKのラジオ番組。ラジオ放送は1925年3月22日にはじまったが、当初は番組の数が足らなかった。そこでスタッフが目を付けたのが除夜の鐘。1926年に大正天皇が崩御し日本中が自粛ムードになった際、しみじみと年を送るシンボルとして大みそかの新聞に登場したのが除夜の鐘の記事だった。この新聞がラジオ関係者の目に留まり、その1年後の大みそかに初の年越し番組の目玉としてスタジオで磬子を108回鳴らしたという。108回叩いて年を送り、元旦を迎えたタイミングで鳥が鳴くという仕組みにし、その声を新年を迎えた合図としたそう。翌年の2回目の放送でもスタジオに鐘を設置し、108回鳴らしニワトリを鳴かせたという。3回目の放送は浅草寺から生中継をしたそうで、これが除夜の鐘が全国に広がったきっかけだと平山さんは語った。その後ラジオの普及率は10年間で8倍に急増し、より多くの人が除夜の鐘を聴くようになっていった。全国の寺院も大みそかに除夜の鐘を鳴らすようになり、年越しの風物詩として定着していった。1953年にはテレビ放送が開始し、テレビ版除夜の鐘がスタートし、1955年にゆく年くる年と名を変え今に引き継がれている。ゆく年くる年では海中で除夜の鐘に見立てた酸素ボンベを叩いたことも。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月23日放送 9:33 - 10:00 NHK総合
走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史(走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史)
7号御料車は大正3年に製造され、大正4年の大正大礼で大正天皇が皇居から式典の行われる京都に移動する際に使用された。歴代の御料車の中で最も豪華な車両だとされていて、城や寺社仏閣で格式の高い部屋で使用される折上二重天井や絹織物の装飾が折上げに施されるなど、日本の伝統を重んじた格式高い作りとなっている。また当時最新だった色漆を使った扉など、最新技術を駆使した装飾も[…続きを読む]

2026年2月13日放送 11:55 - 13:55 日本テレビ
ヒルナンデス!半日でゆったり癒やされる旅
東京メトロ丸ノ内線沿線で朝食から1日を充実させる大人の旅プランを紹介。ランチにやってきたのは新宿御苑前駅から徒歩1分のところにあるうどん 萬田次郎。人気メニューは萬田ぶっかけ。ごぼう天やとろろが乗っている。うどんはもちもち、ギュイーンという感じだという。大はまぐりしじみ 濃厚貝汁つけはランチ5食限定メニュー。午前中の旅を締めくくるのは国宝でいただくアフタヌー[…続きを読む]

2026年1月18日放送 23:19 - 23:25 TBS
東京空色さんぽ(東京空色さんぽ)
港区・元赤坂の迎賓館赤坂離宮を、吉住館長が案内した。花鳥の間には、四季折々の花や鳥を描いた七宝焼がある。朝日の間は、迎賓館で最も格式が高い部屋。

2026年1月14日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日
グッド!モーニングGOOD!いちおし
約100年前に建てられた荻外荘はおととしに復原された。東京・杉並区に建つ邸宅が昭和史の舞台をのぞける場として注目を浴びている。近衛文麿が総理大臣に就任した直後に住み始めた邸宅だった。天井が高いのが印象的な建物で大正天皇に仕えた医師の入澤達吉が建てた。身長185cmの近衛は天井の高さが気に入り入澤から邸宅を譲り受けた。建築当時から残る家具を体感できる。設計した[…続きを読む]

2026年1月12日放送 19:30 - 20:43 NHK総合
ファミリーヒストリーファミリーヒストリー 平野レミ
料理愛好家・平野レミのルーツに迫った。祖母・平野駒は、ヘンリーの帰国後も、近所で琴を教え、2人の息子を気丈に育てた。異国の文化を積極的に取り入れようとする平野家で駒は恵まれた少女時代を過ごした。しかし、父の死後、兄も病に倒れて寝たきりの生活を余儀なくされた。駒は親戚が営む料亭に養女に出されることになる。その後、ニ位局の柳原愛子に仕えることになり、愛子の取り持[…続きを読む]

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