2025年10月、少女の遺骨が家族の元へ返された。震災当時6歳だった山根捺星さん。母は遺骨を大切に抱きしめていた。生まれ育った山田町。自閉症で会話が難しかったものの明るく元気いっぱいな女の子だった。震災当時、捺星さんと両親・祖父母・長男の6人暮らし。山田町では死者・行方不明者は830人。限界を開けると目の前に津波が迫っていた。祖母は一命をとりとめたが父が家にたどり着いた際、捺星さんの姿がなかった。その後、手がかりは見つからず思いが募る日々が続いた。震災から14年半、大谷海岸で建設会社の従業員が見つけた骨が捺星さんの下顎の一部と判明した。遺骨として戻った捺星さん。山根さん夫婦に家族のように寄り添ってきた女性がいた。
