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「太平洋戦争」 のテレビ露出情報

1月、新年一般参賀では天皇陛下は災害の被災者に想いを馳せられた。2週間後には神戸で阪神・淡路大震災の追悼式典に臨まれた。両陛下は、発災当時には2か月連続で被災地を巡ら、折に触れて被災地を訪問してきた。
今年は戦後80年、2月の誕生日会見で天皇陛下は思いを述べられた。両陛下は各地で慰霊に臨まれ、沖縄では平和の礎を訪問された。愛子さまを伴って戦争体験者の話に耳を傾かられた。上皇さまは各地での慰霊を続け、戦争の記憶と向き合われてきた。幼い頃から、その姿を目の当たりにされてきた天皇陛下は、大戦の象徴的な場所を繰り返し巡られてきた。
広島では戦争を語り継ぐ若者との懇談が行われた。23歳の庄野さんは被爆体験伝承者で、原爆ドームに近い小学校の先生でもある。子どもにも平和の大切さを伝えたいと考えるが、戦争を経験していない自分にできるのか悩むこともあるという。こうした中で行われた懇談会で、両陛下が熱心に耳を傾けられる姿に励まされたという。庄野さんは子どもたちが自分で考えられるよう、少しずつ工夫している。8月全国戦没者追悼式、天皇陛下はお言葉に初めて「語り継ぐ」と付け加えられた。
今年は若い皇族方が大きく飛躍する年となった。秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまは成年式を迎えられ、初めての記者会見にも臨まれた。悠仁さまは幼い頃から、戦争の悲惨さを伝える地域を巡られてきた。筑波大学に進学され、公的な活動にも臨まれている。
愛子さまは初めての外国への公式訪問に初めて臨まれた。訪問されたのは伝統的な親日国のラオス。ラオスは天皇陛下も皇太子時代に訪問されている。歓迎の晩餐会では長年にわたり続けられてきた両国の交流について述べられた。
秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまは手話を交えて聴覚障害者への理解が広まるよう努められた。園遊会では全日本ろうあ連盟元理事長の石野さんと手話で言葉を交わされた。佳子さまは東京デフリンピックの結団式では、手話で選手たちを激励された。
大阪・関西万博。秋篠宮さまが名誉総裁を務められた。誕生日会見では、動植物や自然環境に関心を寄せてきた秋篠宮さまは、相次ぐ熊の被害に言及された。能登半島地震の被災地も訪問された。紀子さまも結核予防会の総裁として、七尾で集団剣士の様子を聞き取られた。ご夫妻は結婚35年を迎えられ、秋篠宮さまは紀子さまへの感謝を述べられた。
天皇皇后両陛下は今年も各地で様々な行事に臨まれた。各国の元首らと相次いで会談された。愛子さまは新潟県中越地震の被災地を訪問され、復興の象徴とされるニシキゴイを放流するなど、復興の歩みを視察された。佳子さまはブラジル、紀子様と悠仁さまは伊豆大島を訪問され、秋篠宮さまは滋賀県でモルックを体験された。
大尉から6年、上皇ご夫妻はおだやかな日々を過ごされ、3年ぶりに葉山を訪問された。夏には軽井沢を訪問され、キャベツ畑を散策された。大日向開拓地は旧満州から引き上げた人たちが切り開いた地域。上皇さまは一貫して平和への想いを抱かれてきた。上皇さまは先の大戦の象徴的な地域を繰り返し訪問されてきた。
天皇皇后両陛下は海外でも戦争の記憶に向き合われた。国際親善のためモンゴルを公式訪問。伝統的なスポーツの祭典ナーダムの開会式に出席された。そしてモンゴル抑留という戦争がもたらした悲劇に向き合われた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年8月7日放送 23:58 - 0:43 TBS
news23NO WAR つなぐ、つながる
栃木県鹿沼市にある防空監視哨は、太平洋戦争中に敵の飛行機を見張るための施設であり、当時敵機発見に頼られたのは人の目と耳であった。防空監視哨からの情報を基に空襲警報が発令され、宇都宮や東京を守るために存在した。主に10代後半の地元の青年たちが監視にあたり、24時間体制で監視していた。防空監視哨は全国約2000か所に設置されていたが現存するものはほとんどなく、資[…続きを読む]

2026年8月3日放送 22:00 - 23:00 NHK総合
映像の世紀(オープニング)
前回に引き続き第二次世界大戦で撮影した映像を最高画質に変換するという世界初の試みを行った。第二回の今回は1941年に勃発した独ソ戦と太平洋戦争について特集する。

2026年8月3日放送 8:15 - 9:55 NHK総合
あさイチ(特集)
85年前の太平洋戦争時のお子様ランチなどの食を紹介。戦況が悪化すると婦人雑誌に変化が表れ、かぼちゃの種や皮の活用法まで紹介していた。そこで、記憶に残る「食」から戦争を考える。

2026年7月25日放送 17:30 - 18:50 TBS
報道特集(ニュース)
太平洋戦争の激戦地、フィリピンで亡くなった日本人の遺族らが現地を訪問し、慰霊式典に参列した。ミンダナオ島・ダバオでの慰霊式典には沖縄から訪れた遺族ら約30人のほか地元の日系人らが参列。ダバオでは1万人を超える日本人が戦争で命を落としたとされている。慰霊訪問はことしで58回目で、遺族らは「戦争の歴史を語り継ぐためできる限り続けていきたい」としている。

2026年7月24日放送 22:30 - 23:30 NHK総合
時をかけるテレビ女たちの太平洋戦争 従軍看護婦・激戦地の記録
昭和16年に太平洋戦争が開戦し、東南アジア各地に戦線は拡大していった。それとともに日本赤十字社には救護班の派遣が要請され、頼藤ツルさんは20歳で従軍看護婦となった。戦時中は軍の求めに応じて看護婦を戦地に派遣することが求められ、その多くは20代前半ばかりだった。中には既婚者や子どもをもうけている人もいて、西内清子さんの知人が乳飲み子を置いて行ったことに涙が出た[…続きを読む]

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