良純孝太郎は近鉄奈良駅から歩いて奈良公園へ。奈良公園のはじまりは興福寺。元々は興福寺の境内だけの範囲だったが、時代とともに変化し現在は東西に約4km、南北に約2kmの範囲が公園の敷地で広さは東京ドーム約109個分。歴史的・芸術的に価値の高い場所にのみ指定される名勝として日本の文化財にも指定されている。興福寺・東大寺など見所が盛りだくさん。日本文化の起源も奈良公園の至る所にある。興福寺の始まりは奈良時代。藤原鎌足の妻が夫の病気平癒を願って建立した氏寺。五重塔は120年ぶりの大規模保存修理中で2034年に完成予定。日本では明治初期まで神様と仏様を一体として信仰する神仏習合の文化があったが1868年、神道国教化を目指す政府により約1000年続いた神仏分離令が敷かれ、さらに廃仏毀釈により興福寺でも寺の破壊や撤去が押し進められ存亡の危機に。町の人々が公園にすることで存亡の危機を脱し、1881年に寺として再興を許可された。
