段文凝さんは友達が病に倒れた際に「看病」という字に戸惑ったという。中国では看病は医者が患者を診察するという意味。看病は6世紀頃に仏教の言葉として広がった。看病には世話をする、診察・資料・祈ると3つの意味があった。孝謙天皇が病に苦しんでいた時に日本では仏教には病気を治す力があると信じられ、天皇もそれにありがたがっていた。キッチンには看病禅師と呼ばれる祈りの力で病気を治すお坊さんまでいた。道鏡はこの祈りの力で天皇になろうと企てたが失敗。看病禅師は危険視され廃止に。看病から祈るという意味が薄れた。明治時代に西洋医学が伝わると、看病の意味が変化。骨折した人が回復して歩けるようになるなど、西洋医学の技術の高さと即効性に当時の日本人はびっくり。診察はプロの医師にまかせ、看病から切り離され、病人の世話をするという意味だけになった。
