沖縄戦では日本軍の補助要員として14歳から19歳までの学徒が動員され、そのうち1900人余が命を落とした。元学徒が戦争を知らない世代に伝えたいこととは。今月18日、那覇市で執り行われた平和祈念祭。元学徒や関係者が参加し、犠牲となった学徒に黙とうを捧げ、花を手向けた。「戦争は体験した者でなければわかりません」と話すのは、農林学校を卒業前に18歳で徴兵された渡口彦信さん。太平洋戦争末期、住民を巻き込み日米双方で20万人あまりが犠牲となった沖縄戦。沖縄の師範学校や旧制中等学校に通っていた学徒たちが、日本軍の補助要員として動員された。男子学徒は軍の物資運搬や破壊された橋の補修などを行い、女子学徒は陸軍病院や野戦病院などで看護活動にあたった。渡口さんは負傷した戦友との別れを「上官からの命令で(負傷した友人に)手りゅう弾を渡した。自決用であることはお互いに理解できた。振り向くこともなく最後の別れとなった」と語った。10代の若者にとって悲惨な体験。沖縄戦の体験者が少なくなる中、実相を伝えるひめゆりの塔の展示物をめぐり、先月、西田昌司参院議員が「歴史の書き換え」などと発言した。元学徒たちは、沖縄戦の反省・教訓を語り継いできた学徒に対する「歴史的暴言」だと批判した。戦争を知らない世代に沖縄戦の実相と非戦の思いを伝えること。それが多くの学友を失った元学徒の思い。