宮里藍の人生幸福論を当時の映像とともに振り返る。父・優さんは「何でも言える家族を作る」ためにゴルフを子供たちに始めさせた。ゴルフより学校を優先し、中学卒業までバスケ部に所属。アメリカへ憧れた原点は世界ジュニアでの5位入賞。仲の良い一家になった。ファン想いの藍は600人にサイン。兄の機転でサインを簡単にした。世間では完璧な藍が実は頼りないことを家族は知っている。単身アメリカ行きの時、両親は心配だった。娘がイップスになり泣きながら助けを求めてきたが、父はアドバイスできなかった。両親が最も嬉しかったのは、世界ランク1位よりもモージー・パウエル賞だったという。
