「日本人が富士山を好きなのは徳川家のプロデュースに乗せられたから」について、静岡県富士山世界遺産センターの松島仁教授が解説。富士山が日本のシンボルになったのは徳川家康の思惑が大きく関わっている。もともと富士山は、今のような人気な山ではなかった。富士山を描いた現存する最も古い絵といわれるのが平安時代の聖徳太子絵伝。後の時代に描かれた富士山と違って、かなり急勾配。昔は都が京都に置かれていたため、京都から見えない富士山は全国的には身近な山ではなく脇役に過ぎなかった。聖徳太子絵伝の絵師は富士山を実際に見たわけでなく、伝聞や物語からイメージして富士山を描いた。富士山を主役にして描くようになったのは室町時代頃から。幼少期、静岡(駿府)で過ごした徳川家康は富士山の存在に目をつけ、世界に誇る日本の象徴に仕立てた。
住所: 静岡県富士宮市宮町1-1
URL: http://www.fuji-hongu.or.jp/sengen/access/
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