福島第一原発に入るなど、被災地の取材を続けてきた小倉さん。震災の翌年、警戒区域となった福島県浪江町から避難していた人たちを取材していて、二本松市に避難した男性から店の様子を確認してほしいと小倉さんに依頼があった。この時の出会いをきっかけに男性との交流が続いた。他にも被災地で出会った人たちのその後を追い続けた。2011年福島・南相馬市で出会った男性は、人が集まる公園を造るために広大な土地を購入した。2016年に福島・浪江町で農業を営む男性は、風評被害に悩んでいたが5年後に花の栽培に転向し、東京オリンピックのビクトリーブーケに使われる花を育てていた。小倉さんが大事にしてきたのは、取材に応じてくれた人々への感謝の気持ち。