最後の日本兵の小野田少尉。ある事実がわかった。小野田さんら旧日本兵により、約30名が殺され、100数名が傷つけられ、また食糧をの他が盗まれた。田畑が焼却されることもあった。日本政府は、反日感情が高まるのを恐れ、フィリピン政府に補償を行おうと考えた。旧日本軍はフィリピン時甚大な被害を与えた旧日本軍。1956年に、日比賠償協定として、日本からフィリピンに戦後賠償金5億5000万ドルの支払いが完了していた。当時の交渉に関わった竹内行夫氏は、賠償は難しかったという。そこで政府は謝礼として3億円を支払うことにした。マルコス大統領から意外な返答があった。このお金は受け取るわけにはいかないと。自分は彼を英雄だと思っていると。恩赦というかたちにした。マルコス大統領は謝礼の受け取りを拒否した。その思いを受け、3億円を民間に寄附した。日本語学校の運営や留学支援、両国の友好に使った。小野田さんは帰国の翌年、ブラジルへ。牧場をはじめた。晩年は、自然を通して子どもたちの育成をした。2014年、91歳で死去。
