山下清の展覧会を訪れた南海キャンディーズ・静ちゃんが気になった作品が「鉄条網」(1938年)。命を奪う火花を花火のように描いた。山下の甥・浩さんによると、山下は小学校時代にいじめにあって暴力を受け、戦闘行為を恐れるようになった。放浪したのも徴兵検査から逃げるためだったという。その後も諍いを避けるため放浪を続けた。戦争中は大嫌いな命を奪う花火を描いたが、戦争が終わると大好きな花火をそれに負けないほど力強く描いた。山下の最後の言葉は「今年の花火見物はどこに行こうかな」だった。
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