TVでた蔵トップ>> キーワード

「山元町(宮城)」 のテレビ露出情報

福島県は地震と津波、そして原発事故による複合災害を世界で唯一経験した。しかし、その記憶と教訓を後世に伝える震災遺構の整備が進んでいない。背景には何があるのか。先月、福島第一原発を訪れたのは旅行会社のツアー参加者。事故を起こした原子炉建屋を目の前にして神妙な面持ちでいた。このツアーは、福島県が「ホープツーリズム」と銘打ち推進しているもの。複合災害の記憶と教訓を伝えるためのツアーだが、震災遺構として県内に残っているのは浪江町の請戸小学校、ただ一つしかない。保存に尽力した川口登さんは、津波で家と両親を失った。この地区には15mを超える津波が押し寄せ、127人が犠牲に。原発事故の影響で、当初1か月は行方不明者の捜索が進まず、今も27人の行方が分かっていない。その後、災害危険区域に指定され、人は住めなくなった。だからこそ小学校を震災遺構として残すことについて割り切って話し合えたという。川口登さんは、当時のありさまをそのまま残すということでそれなりに理解してもらえた、ここに住めないんだというのは当時の状況を見れば誰もが思ったと話した。
なぜ福島県には震災遺構が浪江町の請戸小学校しかないのか。福島県では今も一部の自治体で帰還困難区域が指定されていて、住民の帰還は進んでいない。その状態では「何をどう残すのか」の話し合いが進めにくいのではないかと川口さんは話す。川口登さんは、原発の事故がなければもともとの生活に戻れたと話す。複合災害で甚大な被害を受けた地域では今、民家や商店などが次々と取り壊されている。「このままでは後世に何ものこらない」と考え、自らの店を遺構にしようという人がいる。松永武士さんの実家は、浪江町の伝統工芸・大堀相馬焼の窯元。店内には、地震発生時刻を指したまま止まった時計が。遺構として店を残すことに家族は反対した。1年かけて家族の理解を得て、今月下旬にも一般公開できるよう準備を進めている。複合災害の記憶と教訓をどのように残し、伝えていくのか。今が分かれ道となっている。
宮城県山元町から、ホラン千秋がリポート。山元町にある震災遺構・中浜小学校は、避難者90名全員が助かった震災遺構。しかし、多くの命が失われた震災遺構もあり、つらいことを思い出してしまう人もいる。今、全国のどこで災害が起きてもおかしくない状況。避難の行動の判断は自分自身になる。その選択肢が一つでも増えると未来も変わってくるのではないかと思う。中浜小学校には「きょうの見学を未来の災害に役立ててください」という掲示があった。本来、教訓というのは誰かの犠牲のもとにあってはならないが、実際にはそうなってしまう現実が繰り返されてきた。だからこそ、私たちが日々できることを今一度見直して、誰も教訓にならなくていいように日々生きていかなければならないと感じる。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年12月21日放送 23:50 - 0:38 NHK総合
ファミリーヒストリー伊達みきお~伊達の名に誓った覚悟とは~
伊達みきおのふるさと、宮城県仙台市。ここに城を建てたのが、第17代当主の伊達政宗。さらにさかのぼり、9代当主の伊達政宗。その弟の宗行が分家して大條という姓を名乗ったのが、伊達みきの家系のルーツだという。直系の子孫に当たる伊達宗行さんを訪ねた。彼の持つ資料によると、移り住んだ土地、大條を姓にしたのだという。かつての伊達郡大條村、今の福島県伊達市に向かった。字は[…続きを読む]

2025年10月18日放送 18:30 - 20:00 テレビ朝日
サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん大泉洋サンド伊達 先祖の因縁!?SP
今回、伊達と大泉の先祖が直接出会っていたかを調査した。通常何百年も先祖を辿るのは難しいが、伊達家と大泉家はともに武士の家系だったことから専門家の協力のもと家系図や郷土資料を徹底リサーチした。まずは夏姫ちゃんが伊達政宗公とサンド伊達のつながりを調査するため、山元町歴史民俗資料館学芸員の佐伯さんと山田さんに話を聞いた。伊達家の初代は室町時代まで遡り、大條宗行が伊[…続きを読む]

2025年7月30日放送 4:55 - 5:25 フジテレビ
めざましテレビ全部見せ(オープニング)
宮城県山元町のヒマワリ280万本が見頃。

2025年7月29日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本地域発ニュース
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県山元町の農地で、約280万本のひまわりが見頃を迎えている。

2025年5月25日放送 10:05 - 10:50 NHK総合
明日をまもるナビ(明日をまもるナビ)
岩手県の沿岸部では、陸前高田市以外の自治体でも自動車避難を検討している。自動車避難の大きな課題が渋滞で、宮城県山元町では徒歩での避難が困難な沿岸部の地域に限り自動車避難に配慮した取り組みを行っている。山元町では東日本大震災の際に津波で町の約4割が浸水した。沿岸部から内陸に避難する車が殺到して国道の交差点で大渋滞が発生して多くの犠牲者が出た。山元町では11本の[…続きを読む]

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.